北ノ王鉱山(きたのおうこうざん)は北海道紋別郡遠軽町(旧・生田原町)にあった鉱山。金および銀を採....

北ノ王鉱山

北ノ王鉱山 概要・歴史

北ノ王鉱山(きたのおうこうざん)は北海道紋別郡遠軽町(旧・生田原町)にあった鉱山。金および銀を採....

北ノ王鉱山 画像

北ノ王鉱山(2021年5月)。一帯の麓付近に案内板が設置されている
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photographyのスペルが違っているが…
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緩い上り坂は小型のオフロード車なら上がれなくもないが、徒歩が無難
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道の頂上付近にカマボコ型のコンクリート建築が並んでいる
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直方体の建物は貯水槽らしい
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木立の間でかなり密に並んだ建物
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林の奥には別の遺構も見える
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山道に入って進むと階段が残っている
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基礎跡が広がっている。分析室だったらしい
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森の奥には更に遺構が散見される
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近くのスポット

北ノ王鉱山 ストリートビュー・空中写真

北ノ王鉱山 関連ブログ・参考リンク

http://engaru.jp/geo/geosite-ikutahara.html
現在、生田原エリアのジオサイトは調査・検討中です. とくに北ノ王鉱山などの廃鉱跡は 国有林内にあり、立ち入りには許可が必要となっています. また、大正から昭和 にかけて生田原周辺における鉱山の採掘の様子を伝えるもの(写真や手記など)を探し ており
http://members3.jcom.home.ne.jp/bighorn3/kouzann/kitanooukouzan/kitanoou1.html
北の王鉱山2009年5月2010年5月探訪概要発見は(大正5)その後、大正7年(1918年11月)に「北の王金山株式会社」が設立された。この会社は小樽の有志によって創られたものであった。大正8年の1月からは水銀鉱が加えられ、鉱種は金、銀、水銀となり同年中に水銀
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top291.html
森を徘徊する大正5年に開墾中の農民が金塊を発見したことに端を発し、満州事変のころから政府の産金奨励政策によって、生田原はゴールドラッシュとなった。昭和11年には北海道重要鉱山のうち第4位の採掘量を誇るが、戦中の軍事企業整備法により、金山である北ノ王鉱山の施設は
http://woodstock.blog.shinobi.jp/%E5%BB%83%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0/%E5%8C%97%E3%83%8E%E7%8E%8B%E9%87%91%E5%B1%B1
地元にある廃鉱「北ノ王鉱山」に久しぶりに行ってきました。その昔、金を産出していたヤマです。そこはラピュタの世界に迷い込んだかのようでした。残念ながら例のロボット兵は見当たらず(笑)その金山、閉山から70年近くが経過しており、残る遺構は煙突、精錬所、分析所、貯水
https://blogs.yahoo.co.jp/gingasen_net/33320094.html
11月4日雪の「北の王鉱山跡地」です。「北の王鉱山跡地」に入山する4日の朝、生田原は積雪でした。町内在住のガイド多賀さんの第一声は、「皆さん、いいお天気になり良かったですね!」そうです。積雪の「北の王鉱山跡地」に入れるなんてとてもレアなことです。遺構群入口まで
http://hikyoutaki.blog.fc2.com/blog-entry-16.html
ついに発見「巨大な製錬所跡」、なんじゃこの大きさは?span>カメラに入りません。ながさ約100m近くはありそうです。頂上まで10段はありそう、首が痛いほどの見上げる高さ。閉山後すでに60年以上経つのに、これだけの遺構が残っているとは驚きだ。しかも市街地のすぐ
http://www.webnews.gr.jp/kumaoyaji/04_0517.html
そもそも「北ノ王」という鉱山名は鴻之舞鉱山を凌駕する金山という自負の下、「産金界の北の王者」という意味で命名されたようです。ちなみに生田原温泉ノースキングの由来はこの「北の王」から。さて、旅のお話はここから~~5月15日ノースキング温泉に結集した会員らが目指すのは、いにしえの黄金郷「北ノ王鉱山」跡地。場所はヒミツ・・・少しだけ教えますか・・・アバウトな絵ですなぁ・・・何故、ここを目指すのか~ちょっと解説・・・生田原町の金の歴史は大正5年に開墾作業中の農夫が金塊を発見したことから始まっています。 (詳しくは下欄「生田原町史」参照)これを契機に大正6年に鉱脈が発見されるや次々に鉱山が開かれ、北海道の黄金郷を現出していたそうです。特に北ノ王鉱山は北海道鉱山の四天王の一角をしめるほどの産金額があり、その量は無尽蔵とさえ言われ、包金率においては鴻ノ舞金山を凌ぐと称されていましたが、残念ながら戦局の悪化とともに山は次々と閉山を余儀なくされ・・・・爾来、60年が経過。
北ノ王鉱山 関連ワード
  • さく
  • 生田原