胆振線(軽川トンネル) 概要・歴史

胆振線(いぶりせん)は国鉄が運営していた鉄道路線。北海道伊達市の伊達紋別駅で室蘭本線から分岐し、虻田郡倶知安町の倶知安駅で函館本線に接続していた。

倶知安 - 京極 - 脇方間は、倶知安鉱山(脇方鉱山)からの鉱石輸送がのため、1919(大正8)年から翌1920(大正9)年にかけて京極軽便線(後の京極線)として開通した。

京極以南は、京極線の延長の形で胆振鉄道(いぶりてつどう)が建設し、1928(昭和3)年に喜茂別(初代)まで開業した。1940(昭和15)年には、胆振縦貫鉄道(いぶりじゅうかんてつどう)によって伊達紋別 - 徳瞬瞥(後の新大滝)間が開業、翌1941(昭和16)年には胆振鉄道を合併、そして西喜茂別(後の喜茂別(2代))まで延伸され、伊達紋別 - 京極間が全通。1944(昭和19)年に、胆振縦貫鉄道が戦時買収され、京極線と合わせて胆振線となった。

戦後、1969(昭和44)年に倶知安鉱山(脇方鉱山)が閉山すると、京極 - 脇方間は輸送量が激減、1970(昭和45)年に廃止された。

伊達紋別 - 倶知安間は1986(昭和61)年10月31日をもって廃止された。

廃線跡は、伊達紋別駅 - 上長和駅間、上長和駅 - 壮瞥駅間の一部および優徳駅 - 新大滝駅間が自転車道に転用されている。

京極駅~北岡駅間には軽川(がるがわ)トンネルが残る。1919(大正8)年に建設された単線型RC造甲型構造で、延長411.45mである。

他にレルコマベツ川に架かるガーター橋(久保内駅 - 蟠渓駅間)、白水川に架かるガーター橋(久保内駅 - 蟠渓駅間)、蟠渓駅 - 北湯沢駅間の隧道、長流川に架かる胆振線おもいで橋(北湯沢駅 - 優徳駅間、歩道に転用)、ツースナイ川に架かる橋梁(北湯沢駅 - 優徳駅間、歩道に転用)、ガーター橋(新大滝駅 - 御園駅間)、コンクリートの橋梁(御園駅 - 北鈴川駅間)などの遺構が見られる。

六郷駅には駅舎が残り、ホームに横付けする形で国鉄の旧型客車であるオハ46形オハ46 501とヨ6000形7900番代車掌車ヨ7913の2両が静態保存・展示されている。また9600形蒸気機関車9669の動輪も記念碑として展示されている。

状態
2019年04月13日 更新

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胆振線(軽川トンネル) 住所

北海道虻田郡京極町春日

胆振線(軽川トンネル) 種類

廃線・鉄道駅

胆振線(軽川トンネル) 画像・写真

胆振線跡
胆振線跡

胆振線(軽川トンネル) ストリートビュー・空中写真

胆振線(軽川トンネル) スポット

胆振線(軽川トンネル) 関連ブログ・参考リンク

胆振線(歴史)
http://homepage3.nifty.com/6480/page277.html
線路は倶知安停車場より開拓耕地を南東に向かい、六郷、寒別停車場を経て軽川 トンネルをくぐり、平々川を渡り京極停車場に至った。京極より脇方停車場までは日本 製鋼所により建設し、 戦後~廃線まで。 戦後も沿線の鉱産物、農産物、林産物の 輸送は
胆振線 - 廃線跡Report
http://www1.linkclub.or.jp/~okutomo/repo/iburi.html
スタート地点は公園となっているが、そこに置かれているはずのSLの動輪は、なぜか 見当たらない。サイクリングロードの途中には、キロポストや「跨道橋」と名の変わった 国道の跨線橋が残っている。 【上長和(かみながわ)】—当初は上長流。長流川の上流 から
岩内線・胆振線 かいもん4号のホームページTRIAL20000
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kaimon4/trial20000iwanai.html
胆振線廃線跡・京極付近。 旧国鉄胆振線の廃線跡・京極~北岡間です。 2008年は11 月。 観光旅行のついでに京極町内を車で少しうろうろしたのですが、さすがに道路が 拡張されたり新しく出来たりすると、どこが廃線跡なのかさっぱりわかりません。
胆振線 - 廃線跡Report
http://www.geocities.jp/xxreport2/repo/iburi.html
戦争が終わったあとも胆振線として運行が続けられたが、鉱山の閉山によって鉄鉱石を 始めとした脇方からの輸送量は大幅に減少し、京極~脇方の支線が廃止。残りの区間 も他の線区同様廃止対象路線に指定され、1986年にその歴史に終止符を打った。
廃線跡胆振線跡
http://homepage2.nifty.com/t-nakayama/haisen/iburi/iburi.htm
昭和19年昭和新山爆発、地殻変動に伴い、胆振線の一部は迂回を余儀なくされその廃 線跡が国道沿いに保存されていました。 壮瞥駅前と言うバス停の奥が駅跡です。 ロータリー側は開発され商業施設となっており遺構は残されていません。 ホーム跡が 微かに
胆振線--廃線前を訪ねて
http://kitagawa.tv/travel/haisen/s/iburi.htm
線名:胆振線(いぶり・せん) 区間:伊達紋別(だてもんべつ)-倶知安(くっちゃん) 83. 0Km 全駅:伊達紋別-上長和-壮瞥-久保内-蟠渓-北湯沢-優徳-新大滝- 御園-北鈴川-喜茂別-留産-南京極-東京極-京極-北岡-寒別-参郷-六郷 -
胆振線
http://tkohara.la.coocan.jp/tankou5.html
胆振線。今や本線的な役割を十分に担っているとは言えない存在となった 函館本線・ 小樽~長万部の区間。その小樽~長万部間の倶知安 から 噴火湾沿い室蘭本線の 伊達紋別までを結んでいたかつての胆振線。鉄鉱石運搬の使命を強く担ったこの路線 の廃
廃止路線の駅舎・胆振線
http://ekisya.net/B-HAISHI/256-IBURI/256-IBURI1.htm
胆 振 線(伊達紋別-倶知安)その1. 伊達紋別-上長和-壮 瞥-久保内-蟠 渓-. ( 昭和61(1986)年11月1日廃止). ※所在地は撮影当時のものです. 伊達紋別駅(北海道 伊達市). ▲駅舎に面した切り欠きの0番ホームに胆振線専用の駅名標がありました。
胆振線--廃線前を訪ねて
http://www.kitagawa.tv/travel/haisen/s/iburi.htm
線名:胆振線(いぶり・せん) 区間:伊達紋別(だてもんべつ)-倶知安(くっちゃん) 83. 0Km 全駅:伊達紋別-上長和-壮瞥-久保内-蟠渓-北湯沢-優徳-新大滝- 御園-北鈴川-喜茂別-留産-南京極-東京極-京極-北岡-寒別-参郷-六郷 -
胆振線旧線 昭和新山出現に伴う橋台跡
http://blogs.yahoo.co.jp/e455to165_58/51914523.html
当初の位置より随分と山の中に移動し、傾きながらも時折訪れるわしのようなものにその姿を見せてくれますが、彼を放棄しその結果誕生し四半世紀前に息を引き取った最後の廃線跡には何も残されていないようです。ふーむ。それではごきげんよう。
胆振線--廃線前を訪ねて--空中写真
http://www.kitagawa.tv/travel/haisen/s/iburi-k2.htm
引き続き、国鉄胆振線全駅の空中写真である。 国土交通省の国土
胆振線 - つちぶた本舗の全駅訪問の旅
http://www.tsuchibuta.com/jr-hokkaido/iburisen/iburisen.htm
胆振線の駅舎、ホーム、駅前の写真、画像. JR全駅訪問の旅 > JR北海道 > 胆振線( 廃線跡). 胆振線. 路線名, 胆振線. ろせんめい, いぶりせん. 距離, 伊達紋別駅~倶知安 駅 83.0km 京極駅~脇方駅 7.1km. 全通/廃止, 昭和16年(1941年)9月27日全通 
胆振線(2) [廃線] - 街と鉄道
http://tkohara.la.coocan.jp/niseko3.html
倶知安駅は函館本線の主要駅ですが、この倶知安からはかつて胆振線という路線も出 ていました。既に胆振線は廃止済、そして「街と鉄道」でも2003年に胆振線を紹介する コーナーを作成していました。 しかし、せっかく倶知安駅前に宿泊したわけだし、今回の 旅 
胆振線跡
胆振線跡▲ 404?
http://www.geocities.jp/hr_hokkai/iburi-index.html
no iframe. ~胆振線~. 鉄橋の先にはトンネル...(02年4月撮影). 倶知安~おろえんトンネル付近 · 新大滝付近~伊達紋別 トップページへ.
大日本ノスタルジィ鉄道 胆振線
http://www.nihonkai.com/railroad/iburi/iburi.html
胆振線の特徴胆振線は倶知安から羊蹄山を半周して支笏湖と洞爺湖の間を山合に通り、昭和18年に畑が急に盛り上がって出来た昭和新山の麓を通り伊達市に至る路線である。昭和新山が出来て胆振線の線路も付け替えを余儀なくされた。上長和~久保内間 
胆振線
胆振線▲ 404?
http://members.jcom.home.ne.jp/t-jw/ex5.html
北海道・胆振線の廃線前の写真を紹介します。 ですが、沿線は豪雪地帯で内陸に入ると雪が凄かったのを覚えています。岩内線最終に乗り継ぐ為に夕方の列車に乗ったので、途中から写真は暗いです。廃線後は名残が少なく、廃線跡を巡るのは難しいです。
胆振線 - 廃線跡Report - ホスティング/レンタルサーバー/ドメイン
http://www1.linkclub.or.jp/%7Eokutomo/repo/iburi.html
北海道の廃線跡を訪ねて HOME 地図 廃線リスト 年表 芦別線 芦別森林鉄道 胆振線 岩内線 王子製紙専用鉄道 はじまりは、豊富な鉄鉱石を運ぶために建設された軽便鉄道で、まず倶知安から京極まで、翌年に鉱山のある脇方までが
北海道、何でも秘境探検記。(秘滝、秘湯、遺構、秘境駅他) 国鉄、旧胆振線~廃トンネル編
http://hikyoutaki.blog.fc2.com/blog-entry-589.html
さて、旧胆振線を探索して北湯沢温泉付近にやってきました。名水亭は、現在大幅リニューアル中で工事関係車が満車状態でした。国道からは、崖を貫通するようにトンネルの跡が見えますね~これは探険せねばここは、名水亭から伸びる散策路を利用すると辿りつけるようで、長流川沿い
昭和時代
http://ameblo.jp/skier-3823/entry-12271311222.html
アルバムを処分すべく昔の写真をスキャンしています。 廃線となった国鉄胆振線(北海道)。 昭和59年8月 温泉地・北湯沢。

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