熊沢トンネル 概要・歴史

熊沢トンネルは、新潟県新潟市秋葉区にある隧道。

新津油田で採掘した石油の運搬路として1899(明治32)起工、1900(明治33)年1月に竣工。当時は有料トンネルだった。

この熊沢トンネルの完成により原油や資材の運搬効率が飛躍的に向上した。往時は熊沢から油樽を背負い、熊沢トンネルを通って能代川まで運び、そこから油舟に積み替えられていたという。1902(明治35)年には当時皇太子であった大正天皇(当時の東宮殿下)が行啓されるほどであった。

その後、油田の枯渇とともに衰退し荒れ果てていたが、新津市が熊沢公園への遊歩道整備の一環として復元工事を行い、1975(昭和50)年に完成した。現在は新潟市秋葉区役所が管理しており、随時、点検・補修等が行われ、薄暗いながら照明も設置されている。内部は途中から階段になっている。遊歩道としては現役使用されており、廃隧道ではない

西側坑口の上部には素掘りであった旧隧道の痕跡と見られる跡がある。また坑口近くに案内板が設置されている。西側の熊沢公園高台には、手掘りの旧油井戸(深さ25メートル)が原型のまま残されている。

東側坑口近くには煮坪という史跡が保存されている。1608(慶長13)年、新津油田の開祖真柄仁兵衛が発見したと伝えられ、新津油田の発症にともなった記念碑的な石油井である。全盛期には水と石油と大量のガスが混ざりあって一メートルあまりも沸々と湧き上がっていたといい、江戸期には越後七不思議の一つに数えられていた。

この煮坪付近までは小型の自動車なら入ることができるが、その先は徒歩でしかアクセスできない。なお、煮坪までも住宅街の間を抜ける細い路地で、駐車場所もないため、徒歩での見学が望ましい。

心霊スポットなどといった噂もあるが、都市伝説の域を出ないものと見られる。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月13日更新

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熊沢トンネル 住所

新潟県新潟市秋葉区草水町

熊沢トンネル 種類

廃隧道

熊沢トンネル 画像・写真

東側坑口に至る道は徒歩で山道を登っていく
東側坑口に至る道は徒歩で山道を登っていく
熊沢トンネル
熊沢トンネル東側坑口
熊沢トンネル東側坑口
施工者天坂組 昭和五十年十二月竣工
施工者天坂組 昭和五十年十二月竣工
東側から西側に向かって
東側から西側に向かって
西側坑口にある案内板
西側坑口にある案内板
西側の熊沢公園
西側の熊沢公園
手掘石油井戸
手掘石油井戸
西側坑口
西側坑口
西側から東側に向かって
西側から東側に向かって
東側坑口近くにある煮坪
東側坑口近くにある煮坪

熊沢トンネル ストリートビュー・空中写真

熊沢トンネル スポット

ピックアップ廃墟