下川鉱山 概要・歴史

下川鉱山(しもかわこうざん)は北海道上川郡下川町にあった鉱山。新下川鉱山(しんしもかわこうざん)、下川銅山(しもかわどうざん)とも呼ばれる。

銅、硫化鉄、亜鉛などを産出した。

1933(昭和8)年に下川パンケ川支流落合沢(パンケ地区)で転石と露頭が発見され、1941(昭和16)年に軍需上の要請で三菱鉱業株式会社による本格的な探鉱が開始された。ペンケ森林鉄道に加え、ペンケ~パンケ間に鉱石輸送のための架空索道が開設され、パンケ地区には手選の選鉱場が作られた。

戦後も増産を続け、1960(昭和35)年の鉱山町は人口15,555人、3,210世帯の規模に達し、1974(昭和49)年頃に最盛期を迎えた。

その後、銅の貿易自由化、探鉱・採鉱・環境対策のコスト増加、円高による輸入品の低価格化で収益が急速に悪化し、1983(昭和58)年に休山、事実上閉山した。

現在、跡地では三菱マテリアルの子会社エコマネジメント(株)が坑内水処理を行っている。

鉱山住宅等はすべて解体されているが、選鉱場跡が見られるほか、菱光小学校跡などが残る。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月29日更新

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下川鉱山 住所

北海道上川郡下川町

下川鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

下川鉱山 画像・写真

下川鉱山
下川鉱山

下川鉱山 ストリートビュー・空中写真

下川鉱山 スポット

下川鉱山 関連ブログ・参考リンク

下川鉱山200804
http://www.geocities.jp/necojijii/page078.html
下川鉱山は1933年に発見され、1941年三菱鉱業株式会社で本格操業が始まった。 戦後は日本第三位の銅山となったが1982年に休山になった。 ここは廃鉱山ではなく休 鉱山なのだという。 注)廃鉱ではないので施設内にての撮影許可は出ません
下川鉱山
http://www2s.biglobe.ne.jp/~kurume/hokkaidou/meisai/shimokawa.htm
下川鉱山(三菱鉱業)の採掘が中止になったのは1982年。小学校が閉校になったのが 1991年という事なので、僅か10年前の事だ。北海道の炭坑などに比べれば最近の話 で、したがって学校など、外見はしっかり残っている。さすがに住宅こそ撤去されている
林道探索blog版 オッサンの夏休み自由研究 1 下川鉱山
http://decoja11.blog.fc2.com/blog-entry-102.html
2015年3月31日 北海道道354号ペンケ下川停車場線@下川町 ヘキサ標識だけど番号表示じゃない。 昔の道道標識は今 下川鉱山は街の中心から道道で南東方向の最深部にあって、地形図にも下川鉱業所、とか、(廃坑)とか書かれている。で、道道の旧 
下川鉱山、菱光小中学校同窓会Web - 緑風園
http://www.ryokufuu.com/ryoukou/dosokai.html
1977年頃の鉱山の航空写真です。!!幼稚園と小中学校は今も建物が残っているそうです。 kuchu-2 左側が西町、右側が東町だよね。この細長い町に最盛期は三千人近い住民が生活してました。
忘れられた町6 下川鉱山
http://jm-hokkaido.sakura.ne.jp/shimokawakou.html
上川支庁北部の静かな山間部、町の面積の90%が森林で占められた下川町。面積644.20k㎡、人口は約4,300人下川鉱山は、昭和8年(1933年)地元の浅沼関市という人がパンケ落合沢で転石を発見したことに端を発している。昭和16年三菱鉱業株式会社が事業を本格化
下川鉱山
http://www.ab.auone-net.jp/~haikyo/haisen/shimokawa/shimokawa.html
下川鉱山上川支庁下川町の山奥に新下川と称されるところがある。1982年の閉山までまで500人以上が住んでいた下川鉱山跡である。現在では、今も出続けるであろう廃液処理施設(下川鉱業所)と学校施設が残るのみであるが、その雰囲気は当時の面影を十分に感じ取れる。山奥に
【下川鉱山】幻の「40高中」が眠る、忘却の土地 | 廃墟写真ブログ -Ruins Cat-
http://ruins-cat.com/blog-entry-233.html
下川鉱山は三菱系の銅山であり、黄銅鉱のほか、黄鉄鉱、磁硫鉄鉱、閃亜鉛鉱などを産出した。本鉱山は昭和16年(1941)に軍需産業として本格的な探鉱を開始したのを契機に、徐々にその規模を拡大していった。昭和49年(1974)には月産3万3千トンとなりピークを迎える

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