http://kunitonkenjiro.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-ec7b.html
北九州の鉄道と炭鉱の遺構めぐり. 今回は直接鉄道とは直接関係は無かったが蜑住団地の近くに在ったと聞いていた日本炭鉱第3坑第6竪坑を探しに行く。二島坑と坑道で繋がっていた為 先日、赤間の先の踏み切り付近の出来事です。
http://ameblo.jp/gmgwwmd0/entry-11200374455.html
最近知ったのですが、若松区蜑住に日炭高松炭礦第三砿第六竪坑があったと知りました昭和39年の完成という事で比較的に新しいので航空写真を見ると確認できるでしょうか(昭和49年航空写真)おぉーはっきりと確認できますね矢印つけてませんが、一番デカイ長方形の建物が竪坑で
http://kunitonkenjiro.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-27cd.html
今回は直接鉄道とは直接関係は無かったが蜑住団地の近くに在ったと聞いていた日本炭鉱第3坑第6竪坑を探しに行く。二島坑と坑道で繋がっていた為の入昇坑として坑夫や機械の搬入口であったようだ。昭和39年の開始である。 日本炭鉱
http://nittan1971.web.fc2.com/nittan6/nittan-takamatsu-kouku.htm
日炭高松炭鉱の鉱区と炭層日炭高松炭鉱(日本炭礦株式会社)が、昭和9年~昭和46年に採炭した鉱区と炭層を「水巻町誌」・「増補水巻町誌」・「日炭高松新聞」等から抜粋しました興梠友兼・遠賀鉱業所(初代)所長の略歴等日本炭礦(株)の各鉱業所の変遷(昭和32年・41年・