草倉鉱山(草倉銅山) 概要・歴史

草倉鉱山草倉銅山)は新潟県東蒲原郡阿賀町(旧・鹿瀬町)の鉱山。舟打沢銅山滑瀧銅山品ヶ谷銅山大川端銅山とも呼ばれる。

1739(元文4)年に草倉地内の三角沢で銅の鉱脈を発見したことに始まると伝えられる。明治維新後、明治政府が接収、1875(明治8)年、古河市兵衛が経営権を取得。市兵衛はその後、草倉銅山の収益を元手に足尾銅山を買収、古河財閥の礎を築いた。

最盛期には約6,000名の人々が暮らしていたが、1914(大正3)年、銅の産出量減少に伴い閉山(1920年とも)。

坑口跡などわずかな遺構が残る。

状態
2011年09月15日作成  2019年04月18日更新

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草倉鉱山(草倉銅山) 住所

新潟県東蒲原郡阿賀町鹿瀬

草倉鉱山(草倉銅山) 種類

廃鉱・採石場跡

草倉鉱山(草倉銅山) ストリートビュー・空中写真

草倉鉱山(草倉銅山) 関連ブログ・参考リンク

柵の向こう側 草倉鉱山
http://pulam.blog.fc2.com/blog-entry-30.html
古河財閥(現古河グループ)の創始者「古河市兵衛」が、この鉱山でひと儲けして、足尾鉱山を買収したのは、有名な話である。ついでに!?公害まで同じく有名だ。鉱山跡へ向かう林道の途中で、「検問所」が有った!通行車両の幅と高さが制限されていた(笑案内看板が有りました。数
草倉銅山、草倉鉱山跡
http://mikkun.yu-nagi.com/07min/015-kusakura.html
草倉銅山跡草倉銅山跡1:概略2:通洞附近3:滑瀧附近4:舟内澤後期産量草倉銅山跡をみてきたよ~(^^)草倉鉱山、草倉鑛山ともいった。資料による元文四年:1739年4月、茂左門、佐四郎、金八郎の3人が草倉の三角沢で鉱脈を発見したのが始まりと云う。その次は鹿瀬村日

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