尺別炭鉱は、北海道釧路市にあった炭鉱。 1918(大正7)年、北日本鉱業により採掘開始、1920(大正9)...

尺別炭鉱

尺別炭鉱 概要・歴史

尺別炭鉱は、北海道釧路市にあった炭鉱。 1918(大正7)年、北日本鉱業により採掘開始、1920(大正9)...

尺別炭鉱 画像

1974-1978年 国土地理院

近くのスポット

尺別炭鉱 ストリートビュー・空中写真

尺別炭鉱 関連ブログ・参考リンク

http://jm-hokkaido.sakura.ne.jp/shakubetu.html
昭和3年、三菱が買収して三菱雄別砿業所の支坑となる。 全長約11キロの雄別炭鉱 尺別鉄道がここから接続していた。 駅では、浦幌炭鉱に子供の頃住んでいて昔を 偲んでバイクで訪問していた音更町在住の人と出会う(浦幌鉱は昭和29年に廃坑に なっ
http://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-248.html
尺別炭砿探索2 · P1050488.jpg 選炭場付近の様子。トンネルに接近。 P1050495.jpg 中央部分に見える管からは水が多量に流れています。 奥地にはまだまだ遺構がありそうですが、 時間が無かったのでフキの群生を掻き分けて進むのは断念。 P1050487.jpg 色合いは好きなのですが、探索には夏より秋、 緑より茶色の景色のほうがいろいろな理由で適し うわ~! やっぱり、ここ言ってみたいですー 炭鉱や鉱山関係もしばらく行ってないので、今秋は道東かな(^^;. hi #sLdgtBxg | URL | 2012/07/15 18:17 * edit *. > 
http://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-240.html
この炭山駅については、尺別駅に貼られていた資料に書かれている。 (1965年、廃止5年前 炭鉱跡・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの戦跡、その他無人駅・文化財・秘境などに出かけては写真を撮っています。現地探索レポート 
http://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-507.html
尺別炭砿跡地へ向かう道路の近くにあった、お洒落な模様の橋脚。炭砿とは全く関係はないが、模様が花札みたいで気に入った。恐らく廃棄物最終処分場のある舗装林道キナシベツ線のものだと思う。で、それは置いといて尺別炭山、実はあまり奥地へ入ったことがない私にとっては、未だ
http://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-28.html
大正7年開砿、昭和3年雄別炭砿鉄道が買収。雄別3山の企業ぐるみ閉山とともに昭和45年、閉山。尺別炭山駅跡ガソリンスタンド跡?炭砿住宅跡
http://shinotakasan.blog13.fc2.com/blog-entry-635.html
尺別炭鉱へ行ってみることにした。国道に出てぐるっと回る形で引き返す。尺別への道に入り、しばらく走るとこんなものが。跨道橋跡のようだ。少し進むとこんなプラットホームみたいな遺構が。両岸にある。炭鉱鉄道が通っていたのでしょうか。駅の跡のようだ。だったらこの辺りは賑
http://hikyoutaki.blog.fc2.com/blog-entry-435.html
さて前回浦幌炭鉱を掲載しましたが、山を越えた裏側に尺別炭鉱跡も眠っています。戦後互いに合併され、坑道が繋がっていると云われています。大正時代から採鉱が始まり昭和45年に廃鉱、40数年後の姿は?太平洋側にある尺別駅から山間へと車を走らせると、まず見えてくるのがコ
http://www.geocities.co.jp/Outdoors-Mountain/3683/syaku_tankou.htm
雄別炭鉱尺別鉄道 しゃくべつてつどう 根室本線尺別駅と尺別炭鉱との間を結んでいた軽便運炭鉄道に替わって、昭和17年(1942年)に尺別~尺別炭山間10.8㎞の尺別炭鉱専用鉄道として開通した。 しかし、2年後の昭和19年(1944年)戦争の都合により尺別ツ黴
http://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-246.html
尺別炭砿探索1 - 北海道の「産業遺産」「軍事遺構」探索の記録. 炭鉱跡・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの戦跡、その他無人駅・文化財・秘境などに出かけては写真を撮っています。現地へ行った気になるような探索レポートと、 
http://iph.zouri.jp/00177.html
尺別炭鉱跡は,北海道白糠郡音別町にある炭鉱跡です。尺別川流域に採掘権の登録がなされたのは1910年(明治43年)8月で,この採掘権は1918年(大正7年)10月に神戸市在住の椎葉糺義に譲渡され,糺義は北日本鉱業を設立しました。尺別炭鉱は,1928年(昭和3年)
https://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/SYAKUBETSUTANKOUB.htm
尺別炭鉱その2(尺別炭鉱の要塞選炭機)要塞選炭機尺別炭鉱側の尺浦隧道の入口。「尺浦隧道 竣工昭和17年」の文字が上部に刻まれています。トンネルは10m程入った奥で密閉されていました。尺浦隧道は尺別炭鉱と浦幌炭鉱を結んでいました。今では尺別と浦幌を結ぶルートは荒れ果てた林道しかありませんので直接行くことは不可能です。。ベルト斜坑は坑口にて密閉されていました。その関連施設のコンクリート基礎も点在していました。森の中には原炭ポケットもありました。木造部分が残っているのは大変貴重です。選炭機は尺別炭山駅の脇の斜面に要塞のようにありました。崖の上に張り付くようにポケットが残ります。斜面を下っていくと選炭機の構造物はどれも巨大で見上げるものばかりでした。ポケットから斜面を下るトンネルは途中で崩れていました。様々な残滓を見つけることができました。選炭機直下の広場はかつての尺別炭山駅です。尺別炭山駅の駅舎が半壊しながらもかろうじて川に落ちずに残っていました。そしてその奥にはターンテーブル跡が円形の池となり林の中で春の日差しを浴びていました。参考文献 炭鉱跡地の今(釧路産炭地域総合発展機構)北海道旅情報巻頭 3-1.炭鉱町を旅する
https://tansakunoato.blog.fc2.com/blog-entry-703.html
尺別炭鉱跡にて、尺浦隧道を発見。浦幌側坑口を初めて見てから約4年、ついに尺別側坑口へ到達。尺別から直別川を渡り浦幌まで繋がっていた6,000メートルの隧道。浦幌から尺別選炭場までの運炭のほか、浦幌の閉山後は通勤ルートとして活躍。
尺別炭鉱 関連ワード
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