静狩金山 概要・歴史

静狩金山(しずかりきんざん)は北海道長万部町にあった鉱山。

明治年間に発見されていたと言われるが、本格的な操業には至らなかった。

1916(大正5)年、木山輿ーという人物によって試掘権の出願がなされ、1918(大正7)年より本格的な採掘が始まった。

1923(大正12)年12月に川崎造船所に買収され、1933(昭和8)年8月には住友合資会社の所有する鉱区を併合し、静狩金山株式会社が設立された。

大規模な青化製錬所の設置や礼文鉱山の買収などにより産金量は大幅に増加、これに伴い大規模な鉱山街が形成された。一方で、鉱山からの排水による鉱害問題なども起こっている。

太平洋戦争中の1943(昭和18)年、政府は全国の金山の休止・廃止を決定し、静狩金山も閉山となった。

戦後、2度にわたって産金の再開が試みられたが、すでに金の埋蔵量が少なくなっていたこともあり、いずれも成功しなかったという。

露天掘り跡が残るが、建物等の遺構は見られない。

状態
2019年08月09日 更新

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静狩金山 住所

北海道山越郡長万部町

静狩金山 種類

廃鉱・採石場跡

静狩金山 ストリートビュー・空中写真

静狩金山 ブログ・リポート

静狩鉱山 通洞坑 探検: 北の細道
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空色コールマイン - sorairo coal mine -:静狩(しずかり)鉱山
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道南巡検 - 北大地球科学サークル GROUND
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