青桐炭鉱(平溪線) 概要・歴史

台湾に残る日本統治時代の炭鉱

青桐は、台北郊外を走る平溪線の終点駅。かつて炭鉱町として栄え、日本統治時代の駅舎や鉱山跡が残っている。

太子賓館という炭鉱会社が皇太子を迎えるために作った招待所が喫茶店となっており、日本時代の炭鉱宿舎が並ぶ。

線路脇にホッパーが残り、菁桐煤礦紀念公園として整備されたエリアには1921年に建てられた平渓最大の礦坑址、洗煤場、洗礦場、宿舎、銭湯、その他の煉瓦遺構などが数多く残されている。

高台に残る石底大斜坑は平渓で最大かつ最深の煤礦遺跡で、1979年の閉坑まで使用されていた。

状態■■
2018年12月14日 更新

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青桐炭鉱(平溪線) 国

台湾

青桐炭鉱(平溪線) 種類

廃鉱・採石場跡

青桐炭鉱(平溪線) 画像・写真

青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)
青桐炭鉱(平溪線)

青桐炭鉱(平溪線) ストリートビュー・空中写真

青桐炭鉱(平溪線) スポット

青桐炭鉱(平溪線) ブログ・リポート

菁桐 - **********2011新北市平溪天燈節**********
http://www.2011psl.tw/travel2_jp.html
1929年に建設された菁桐駅は、平溪線の発着点です。 2、平菁橋窓口から、菁桐 太子賓館を経て、民生橋から民生路まで。 青桐炭鉱」は石底炭鉱鉱脈枯渇した後は アメリカが経済援助して掘削した坑口は石底大斜口廃鉱後、青桐は主要の炭鉱場と なった
台湾5/6:菁桐(平溪線)、 青桐炭鉱
http://tokyo.rdy.jp/archives/4342
後で行くことになる十分と平渓でかなりの乗客が降りて、残ったお客さんが菁桐まで来る感じ。この駅の駅舎自体、日本統治時代の1929年に建てられたもので、台湾に現存する四つの日本木造家屋の一つだという。いきなり線路の向こうにホッパー(石炭の貯蔵庫)がある。皆んなガン

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