大江鉱山 概要・歴史

大江鉱山(おおえこうざん)は、北海道余市郡仁木町にあった小規模な鉱山。ポンシカリベツ川上流の稲倉石山東麓に位置する。

1890(明治23)年に金山として開鉱。の後田中鉱業が買収、1915(大正4)年には久原鉱業が取得し大江鉱山と改称し亜鉛が採掘された。1929(昭和4)年からは日本鉱業株式会社が経営。1941(昭和16)年からはマンガン鉱山して稼行した。

戦後は上ノ国鉱山と同じ中外鉱業の経営となり、その後北進産業に移り、1982(昭和57)年に閉山となった。

コンクリートや煉瓦造りの遺構が残っている。

状態
2011年09月15日 作成
2019年07月16日 更新

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大江鉱山 住所

北海道余市郡仁木町然別

大江鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

大江鉱山 画像・写真

大江鉱山

大江鉱山 ストリートビュー・空中写真

大江鉱山 スポット

大江鉱山 関連ブログ・参考リンク

廃墟の写真・大江鉱山(1/2) of ムサシノ工務店〜廃墟と産業遺産を巡る旅
http://www.pluto.dti.ne.jp/~rutakebe/photos/200505/200505_01.html
大江鉱山については、ネット上にもあまり多くの情報がありません。所在地である仁木町のホームページによれば、採掘が始まったのは明治23年とあります。採掘されていたのは、銅、亜鉛などで、戦中の休止を経た後はマンガンが中心だったようです。そういえば、道南で最大の遺構を
朽木洞図書館 大江鉱山
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小樽の南に仁木町というところがあり、この辺り一体は金属鉱山が多くあります。大江鉱山もその一つです。採掘現場の前にはゲートがあります。ゲートを越えて歩いていくと、右手にホッパーの跡が見えてきます。コンクリート製のものもあれば、レンが造りのものもあります。沈殿槽も
【探訪記】大江鉱山 | ムサシノ工務店
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大江鉱山(仁木町)
http://www.aikis.or.jp/~kage-kan/01-3.Doo/Niki_Oe.html
◆大江(おおえ)鉱山※この地図は、国土地理院発行の1/50,000地形図「茅沼」(昭和36.6)を使用したものである所在:仁木町(字なし)地形図:然別/茅沼形態:川沿いに施設や家屋が集まる離村の背景:産業の衰退標高:約150m(中心部)訪問:(2014年5月)
大江鉱山・仁木山中に眠る小鉱山
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大江鉱山・仁木山中に眠る小鉱山大江鉱山全景仁木町の然別駅から6.0km程奥に入ったところに大江鉱山はありました。明治19年然別鉱山として開鉱、大正時代に久原鉱業に買収され大江鉱山となりました。戦後一時休山になったこともありましたが再開され、最終的には北進鉱業の
大江鉱山 ~ 稲倉石鉱山と山越えてお隣同士の鉱山 ~
http://www5.plala.or.jp/tepuia/mine_ooe.html
大江鉱山跡です。マンガン、亜鉛、鉛などを採掘していました。ここを訪れるのはざっと20年ぶり。懐かしいぃと思う前に初めて来た場所のような新鮮な気分でした。記憶とずいぶん違ってしまっています。当時はまだ建物が残っていて、建物のすぐ側まで入った記憶があります。今は土
大江鉱山
http://asobihorokerusan.whitesnow.jp/ooekouzan.htm
大江鉱山(標高158m)ポイント北海道文化資源データベースには「明治23年金山として発見、30年田中鉱業買収、轟き鉱山とともに金採掘した。大正4年久原鉱業買収、亜鉛鉱山となり、昭和16年マンガン鉱山として三度目稼動昭和57年閉山。焙焼炉、ダム、発電小屋、事務所
大江 然別鉱山跡 探検: 北の細道
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top600.html
大江然別鉱山を見下ろす北海道仁木町本坑がマンガン鉱として繁栄したのは、明治19年。明治30年には3万坪に及ぶ選鉱所と赤煉瓦の大煙突を持つ乾式精錬所が完成し、鉱山社宅300戸、商店50店と繁栄を極める。その後、一度閉山を迎えたものの、昭和9年から再び金・銀鉱を主

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