北都観光蔵王リフト 概要・歴史

県境裁判を忘れるな

北都観光蔵王リフトは山形県上山市にあったリフト施設。「北都リフト」とも呼ばれる。

1962年(昭和37)年の蔵王エコーライン開通を受けて、1963(昭和38)年に北都観光と山形交通がそれぞれ刈田駐車場から御釜(蔵王の噴火口)までのリフト建設の申請を行ったが、県境未定地の問題に巻き込まれて北都観光の認可が遅れた。先に営業開始した山形交通のリフト(山交リフト)に一年以上の遅れを取ることになり、北都観光リフトは開始当初から深刻な営業不振にあえぐことになった。そのため、北都観光は、上山市など関係機関を相手に民事訴訟を行い、蔵王県境裁判へと発展することになった。

県境が確定したのは1984(昭和59)年、更に損害賠償請求裁判が794万円の支払いで結審したのは1995(平成7)年のことだった。それ以前に、北都観光はリフト事業からの撤退を決めていた。

その後も長らく錆びついたリフト施設や「県境裁判を忘れるな」の文字が書かれた「お釜リフト」乗り場のコンクリート遺構が残されていたが、2015年に解体された。

解体され現存していません
2019年04月16日 更新

北都観光蔵王リフト 住所

山形県上山市永野王

北都観光蔵王リフト 種類

廃線・鉄道駅

北都観光蔵王リフト 画像・写真

北都観光蔵王リフト
北都観光のリフト起点停留場跡
北都観光蔵王リフト
北都観光蔵王リフトの索道跡
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北都観光蔵王リフト ストリートビュー・空中写真

北都観光蔵王リフト ブログ・リポート

がらくたひとつ蔵王山リフト跡
http://lilafarbe.blog67.fc2.com/blog-entry-93.html
蔵王エコーラインを走ると、リフトで御釜を見に行くことができるところがあります。蔵王ハイラインをのぼるつもりだったので、リフトには乗りませんでしたが、近くに昔使われていたリフトが残っていました。
蔵王山頂付近の廃線リフト|早苗ヶ原研究所日誌
http://ameblo.jp/arahageanas/entry-11384625564.html
山形蔵王の刈田駐車場から夏山リフトに乗って登っていくと錆付いて廃線になったリフトが平行するような形で近寄ってきて現役のリフトの終点近くで同じように終点となります。蔵王山頂廃線リフト
2012/2/5 ごろ太単独記・樹氷の蔵王(BC): 青い山、白いヤマ
http://blue-white-mt.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/201225bc-ecca.html
北都観光の旧リフト(下から見て左側)山麓駅に着くころには、ほとんど視界がありません。 2012020617 それでも昨年(2011/2/6)みたいに晴れないかなーと願いつつ、リフト線沿いを登ります。 時々日差しに照らしだされるリフト支柱モンスター 
朽ち果てる運命
http://tatemonokara.blogspot.jp/2011/08/blog-post_17.html?q=廃墟
生物の命だけではなく全ての物は朽ち果てる運命なのでしょう?蔵王のお釜のリフト乗り場の以前のものです。私は廃墟フェチではありませんが、特別な気配はありますよね。人によって感じ方はさまざまでしょう。私は、哀れよりは安らぎを感じてしまいます。今は喫煙はしないですが、
蔵王刈田岳への廃リフト - パソコン関連はすべてお任せ
http://www.jmcy.co.jp/goto/photo2015/151003_zao/151003_zao.htm
蔵王刈田岳への廃リフト 2015/10/03 クリックすると大きい写真 10年前、2005年5月1日に『北都観光蔵王リフト』を、こんな風に撤去の日が来ることもあるだろうと撮影していた 一番上の折り返し部分はコンクリート土台で上部にワイヤーの
北都観光リフト
http://ht9901.web.fc2.com/hokuto.html
北都観光リフト昭和37年に蔵王エコーラインが開通すると、途中の刈田駐車場から直接蔵王の噴火口である「お釜」に到達できるリフトを開設しようとする業者が同時に2つ現れた。1つは現在も営業を続けている山形交通。もう1つが北都開発であった。ほぼ同ルートに2つの競合する

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