上村炭鉱 概要・歴史

上村炭鉱は北海道美唄市にあった炭鉱。

1922(大正11)年に上村七松氏が開鉱。大正時代は旭炭山と呼ばれていたらしい。1943(昭和18)年に閉山するが、終戦後に再開、上村徳一氏に引き継がれる。

昭和30年代には茶志内駅から専用軌道が伸びていたという。1967(昭和42)年閉山(1964(昭和39)年とも)。

選炭場跡らしき施設などわずかな遺構が残る。

地図はおおよその地点。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月28日更新

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上村炭鉱 住所

北海道美唄市日東町春日台

上村炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

上村炭鉱 ストリートビュー・空中写真

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