幌別鉱山 概要・歴史

幌別鉱山は北海道登別市にあった鉱山。金、銀、銅、硫黄などを産出していた。

1898(明治31)年頃に岩ケ崎鉱が試掘された。1906(明治39)年から銅を目的として採掘が開始された。1907(明治40)年、シノマンペツ(幌別川本流)の上流5キロにある旭鉱で含金品位の高い鉱石が発見される。1908(明治41)年に銅精錬所建設。

岩ケ崎鉱、旭鉱は第1次世界大戦後に閉坑したらしい。その後も硫黄の生産は続けられるが、1971(昭和46)年操業停止した。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月28日更新

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幌別鉱山 住所

北海道登別市鉱山町7

幌別鉱山 種類

廃鉱・採石場跡

幌別鉱山 スポット

幌別鉱山 関連ブログ・参考リンク

▲ 404?
http://members3.jcom.home.ne.jp/bighorn3/kouzann/horobetus1/horobetus1.html
幌別鉱山岩ヶ崎鉱と銅精錬所跡2009年7月11月探訪幌別鉱山概要岩ケ崎鉱は明治31年ごろに旭鉱に先がけて試掘されました。明治39年から銅を目的として採掘が開始されたが第1次世界大戦後に旭鉱と同じく中止された。銅精錬所には溶鉱炉があり、直径1メートル、高さ6メー
Eidetic Memory: 幌別・鉱山町 岩が崎坑
http://blogeidetic.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html
冬の間ブログで割と出ていた所だったんで(名前を伏せてても写真見れば分かりますがな)、直後に行くのは避けたいと思っていた所。同様に、若いオネーサン方まで行くようになった美唄の沼東小学校跡なんかもとりあえず避けてます(笑)。で、今年初のサイクリングとなったわけです
エアぶろ 幌別鉱山旭鉱・1
http://nonintheair.blog78.fc2.com/blog-entry-2252.html
旭鉱までの道。最初はひたすら林道です。道が整備されていて、歩きやすい。事務所跡。建物のマークがいくつかあったので、小学校もここにあったのかもしれません。道が!!崩落している個所も出てきました。そして沢登も…。
北海道・・登別市幌別鉱山 - ゆうの郷 U-cotan - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/mamamajiri/25192454.html
鉱山町です。「鉱山町」という地名、行き止まりらしい道道・・・・・何かありそう。早速、好奇心発動!行ってみました。道路は、片側一車線のいい道です。地図の黄色い部分はずっと舗装されています。地図にも書いてあるネーチャーセンターの横にあった看板です。そうです。ここに
空色コールマイン - sorairo coal mine -:幌別
http://blog.livedoor.jp/sorairocm/tag/幌別
今回の鉱山大同窓会は、旧幌別鉱山小中学校から約4km離れた「旭鉱」の、手前まで行きました。旭鉱まで行くのは、かなり険しい道のりだそう。手前まででも、山肌に貼り付くような細い道。もちろん舗装なんかされてません。途中、発電所があった所や小学校分校があった所などの説

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