幌別鉱山黄渓 概要・歴史
幌別鉱山黄渓は北海道有珠郡壮瞥町にあった硫黄鉱床。
1902(明治35)年頃に発見され、1904(明治37)年から函館の岩井氏により採掘が開始された。
1908(明治41)年に休鉱するが、1911(明治44)年より札幌の小田氏により再開。優良な鉱脈が発見されたことで栄え、精錬も開始され、周辺には「硫黄山」と称される集落が形成された。また、壮瞥硫黄山から幌別鉱山まで8Kmの硫黄鉱索道が作られている。
1920(大正9)年に北海道硫黄株式会社が設立され、同社の所有となる。
昭和初期の最盛期には会社直営の診療所、共同浴場、娯楽場、グランド、購買、学校、保育所などがあったという。
石油精製過程で硫黄が生産されるようになったことから需要が激減、1973(昭和48)年に閉山した。
1914(大正3)年に弁景簡易教育所黄渓特別教授場として開設された学校があり、1916(大正5)年に壮瞥尋常高等小学校黄渓分校、1917(大正6)年に久保内尋常高等小学校黄渓分校、1921(大正10)年に弁景小学校黄渓分校となり、1931(昭和6)年に黄渓尋常小学校として独立している。
戦後の1947(昭和22)年に黄渓小学校となり、同時に久保内中学校黄渓分校開校が併設(翌年に黄渓中学校として独立)されたが、人口流出により1972(昭和47)年に閉校となった。
鉱山跡には浴場跡、小学校礎跡、プロパンガス庫のほか、わずかな建物跡の遺構が見られる。
2014-11-19
2023-07-04