奔別炭鉱

奔別炭鉱(ぽんべつたんこう)は、北海道三笠市奔別町にあった炭鉱。

1902(明治35)年に開鉱し、1928(昭和3)年に住友が買収。1971(昭和46)年閉山。

現存する巨大な高さ51mの立坑櫓は、1960(昭和35)年完成のもので、当時の最先端技術が投入された。櫓の高さは約51m、深さは約735m、内径は約6mで、スキップ・ケージ巻揚げ方式というシステムが採用された。

東洋一ともうたわれ、百年採炭できるとも言われたが、わずか十年ほどで閉山を迎えることになってしまった。

当初は解体予定であったが、閉山後の坑口密閉・解体作業中に地中から噴出したガスにより五名が亡くなる爆発事故が発生、以後、作業中断されそのまま現在に至っているという。

2007(平成19)年10月20日に内部の一部の一般公開が行われた。

立坑櫓のすぐ奥には立坑建設時に増築された巨大なホッパー跡も残る。

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は強く慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

奔別炭鉱 住所

北海道三笠市奔別町

奔別炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

奔別炭鉱 画像

奔別炭鉱
奔別炭鉱
奔別炭鉱
奔別炭鉱

奔別炭鉱 ストリートビュー・空中写真

奔別炭鉱 写真・ブログ・リポート

戦中戦前の奔別炭鉱原風景
http://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/3HOUMONR.htm
川沿町の一角には奔別川を渡る橋の跡が残っていました。対岸にも炭鉱住宅がかつて は広がっていたのでしょう。 昭和6年開坑、昭和20年廃坑になった中の沢坑が奔別川の 川岸に残っていました。坑口は昭和初めということでコンクリート製でした。対岸には
廃坑の街角 - 斥候サンダース軍曹の閑話放題弄筆日月抄 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/honeymoon_stardust2006/21097472.html
2008年4月18日 炭鉱の閉山と廃坑関係の皆様 寂れた街角関係の皆様 斥候サンダース軍曹こと壺中 庵主人です。 明治29年の地図によると、奔別炭鉱は幾春別炭山の地名になっており、 最寄の町は現在でも幾春別の地名が残る。今の街並みを見るからに、
Sapporon、タイムスリップ! 北海道ノスタルジーの旅 (第八話 住友奔別
http://blogs.yahoo.co.jp/aki37392000/61637506.html
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Yellow Hiro's TOPIC#2-32 日本の炭鉱
http://www2.cc22.ne.jp/hiro_ko/2-32tankou.html
供給面でも、新規投資のほとんどなかった炭鉱開発投資に北海道の炭鉱会社が相次ぎ 乗り出した。世界的な .. 不幸は1990年の廃坑と同時に訪れた。 .. 炭鉱、鉄道の 払い下げを受けた北炭は幾春別鉱に手を広げ、後に続いた住友は奔別、弥生を開鉱。
「北海道鉄道唱歌」の旅(1) 【炭鉱遺跡探検の巻】: ブラサトル
http://burasatoru.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/1-ffe9.html
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奔別炭鉱 1 - 扉、扉、扉、 - FC2
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歳月。 住友奔別炭鉱立坑櫓三笠市 - 名もなき風景+流浪する時間 - FC2
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奔別炭鉱跡の探検 - Biglobe
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top791.html
新三笠炭鉱 更に近くには「連御」と書かれた斜坑がある。 こちらも同時期に密封されたようだ。 坑口 新幌内炭鉱の竪坑跡。 長屋 付近から廃坑の中心部へ入る。 剥がれ落ちたコンクリートの、 谷間を歩く。 廃坑 ホッパーや坑口の一部だ。 街に近い。
日本の過疎地 三笠市奔別沢
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小学校奔別沢分校が開校。しかし昭和38年に廃校となり、同年奔別沢開拓集落も解散し、廃村となった。 ご存知、住友奔別炭鉱堅坑櫓。三笠だけではなく、日本の繁栄を支えた基幹産業のひとつ、炭鉱。 奔別も実は、廃村の一つである。(へき地等級 無級。奔別小学校 昭和48年閉校。離村時期は昭和...
奔別炭鉱
http://www.geocities.jp/kashii_gannyuu/index.hbtk.htm
金属鉱山が横穴から坑口に入ることが多いのに対して、炭鉱の一つの特徴として立坑がある。立坑とは採掘した石炭を運び出したり鉱員が出入りしたりする縦穴のことだが、北海道にはかつては賑わう炭鉱のシンボルであったであろう巨大な立坑の櫓がいくつか残っていた。その中には、奔
奔別炭坑
http://deserted.shoggoth.org/hokkaido/honbetu/index.html
奔別炭坑
旧住友奔別炭鉱
http://hokkaidou.yukishigure.com//ruins2/page1120.html
旧住友奔別炭鉱
青総さんのブログ -住友奔別炭鉱-
http://aososan0201.blog76.fc2.com/blog-entry-271.html
東洋一の立坑。1902開山-1971年閉山-立坑櫓にホッパー跡にその他たくさん残ってました。まずは立坑櫓。ドドドドド!\奔別/の二文字がカッコ良すぎ。1960年完成高さ51m深さ750m立坑櫓下の中央の外壁が無い部分は立坑密閉中に起きた爆発事故のもの。いやー快
殺伐観光.com 【産業遺産】 住友石炭鉱業・奔別砿業所
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5月の上旬に撮影したものです。まだ、草木が生い茂る前の直前で向こう側の建物まで、難なく行くことができる時期です。ここの坑口は埋められてないのです。石ころを投げ込むと、かなり遠くまで転げ落ちる音が
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三笠市 奔別|ワンダー蝦夷
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今日は三笠にある奔別炭鉱について記事を書きます。以前もブログに載せました、大好きな奔別です。先週、身内に不幸があり親族が集まりました。その時、親せきのおじさんが奔別炭鉱跡の近くに住んでいることがわかり、色々話を聞いた内容です。8月13日になると、立坑の上にある
【よくぞ残してくれました】三笠市 奔別(ぽんべつ)炭鉱跡 | 北海道バンザイ
http://kamokamo.net/【よくぞ残してくれました】三笠市-奔別炭鉱跡
奔別炭鉱とは・1900年開鉱・1928年住友が買収・1971年閉山・現在は1960年建築の立坑とホッパーが残されている道内の炭鉱施設跡の中では必見の施設だと思います。興味を持たれた方は、ぜひ実物を見に行ってください。この素晴らしさは写真では伝えきれません。ちな
そらち炭鉱の記憶アートプロジェクト2014 - 北海道キャンプ場見聞録
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それでも私の場合は、アート作品よりも、普段は入ることのできない廃墟と化した炭鉱施設の内部を見られる事を楽しみに来ているので、 それでも、普段は気に止めることもない鉄塔が、昔は産炭地と発電所を繋ぐ送電線網を築いていたことを知ると、立派な歴史遺産に見えてくるのである。 私は勝手に...
ナオキノコラム | 奔別炭鉱
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真冬に向日葵でもいいよね。元気を出していこうず。雪の廃墟に行きたいな。なんか昨日はたっくさん押していただいて、ありがとうございました!に

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