岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所)は徳島県鳴門市(旧・板野郡瀬戸村)にあった煉瓦工場。 同地では1918(大...

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所) お気に入りに追加

名称 岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所)
住所 徳島県鳴門市瀬戸町堂浦本浦中
種類 廃工場・発電所
徳島県の廃工場・発電所
スコア
★★★★ 28
現況 現存
評価 ■■■

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所) 概要・歴史

煉瓦煙突が残る

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所)は徳島県鳴門市(旧・板野郡瀬戸村)にあった煉瓦工場。

同地では1918(大正7)年12月に阿波煉瓦株式会社が設立され、たが、第一次世界大戦後の反動不況などにより次第に衰え、1925(大正14)年頃に解散。

その工場跡地で岸清光らが1927(昭和2)年12月に創立した三共煉瓦が操業し、1946(昭和21)年頃に岸煉瓦工場となる。

最初は旧式のまわり窯だったが、ほどなく最新のホフマン式輪窯が導入され、月産約30万個の焼成をするようになった。1940(昭和15)年頃には男女25人の職工を雇っており、その後軍需関連の工場に指定され、職工数も61名に達した。

終戦直後の1945(昭和20)年9月30日に廃業。

県道42号瀬戸町明神付近に煉瓦煙突を備えた工場跡が残り、夏季は完全に緑に覆われている。

(※参考:『鳴門市史 下巻 本編』(鳴門市、1988年))

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所) 画像

岸煉瓦工場(2022年2月)
岸煉瓦工場(2022年2月)
©Google
『鳴門市史 下巻 本編』(鳴門市、1988年)より
『鳴門市史 下巻 本編』(鳴門市、1988年)より

近くのスポット

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所) ストリートビュー・空中写真

岸煉瓦工場(岸煉瓦製造所) 関連ブログ・参考リンク

煉瓦構造物 岸煉瓦工場(歩鉄の達人)
https://www.hotetu.net/Brick/Brickstructure/171209kishirengakoujyou.html
更新履歴更新日時 2017年12月22日 岸煉瓦工場の工場煙突:板野郡瀬戸村堂浦にあった煉瓦工場。大正7年12月に阿波煉瓦株式会社設立。昭和3年頃、阿波煉瓦三共商会、昭和21年頃岸煉瓦工場に変更。江戸期から明治22年にかけては板東郡および板野郡の村であった。寛文4年より板野郡に属す。明治22年に同郡瀬戸村、昭和3年に瀬戸町の大字となった。昭和22年3月には鳴南市、同年5月より現在の鳴門市の字名となる。鳴門市の北東部に位置する。字阿波井は島田島内になる。讃岐山脈東部と島田島の南西端にあたり、小鳴門海峡に面する。古くは結城ケ浦とも称した。瀬戸町地区の中心的な集落。西を日出湾、東を小鳴門海峡・ウチノ海に面する本土側の区域と島田島の南西端の区域からなる。大部分を占める本土側区域は、北は瀬戸町北泊に、南は瀬戸町明神に接する。古くから漁業の村として知られている。日出湾を徳島県道183号亀浦港櫛木線(一部は鳴門スカイライン)を通じ、東岸を徳島県道182号瀬戸港線が通る。県道183号線は瀬戸町大島田―瀬戸町中島田―瀬戸町小島田を経て地内西部に通じている。阿波井神社は、字阿波井にある氏神で、天太玉命・大宜都姫命を祭神とし、徳島県下の神社の中でもその祭事は民俗学的に重視されている。①岸煉瓦工場の工場煙突。①岸煉瓦工場の工場煙突。①岸煉瓦工場の工場煙突。①岸煉瓦工場の工場煙突。①岸煉瓦工場。①岸煉瓦工場の基礎部分は煉瓦造り。①岸煉瓦工場の基礎部分は煉瓦造り。基礎部分の積み方はイギリス積み。①岸煉瓦工場の基礎部分煉瓦を確認したが煉瓦の刻印は確認出来なかった。 Copyright (C) 2006-2023 hotetu.net All Rights Reserved外部から直接リンクで飛んできた方は右ホームページリンクへ http://www.hotetu.net/ 歩鉄の達人出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『鳴門市』を掲載」