舟打鉱山(ふなうちこうざん)は青森県弘前市にあった鉱山。 江戸時代末期、安政年間に発見。金・銀・...

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名称 舟打鉱山
住所 青森県弘前市
種類 廃鉱・採石場跡
青森県の廃鉱・採石場跡
スコア
★★★★★★★★ 44
現況 現存
評価 ■■

舟打鉱山 概要・歴史

僅かなコンクリート遺構が残る

舟打鉱山(ふなうちこうざん)は青森県弘前市にあった鉱山。

江戸時代末期、安政年間に発見。金・銀・銅・鉛・亜鉛が採掘された。

明治に入り転々と権利が移り、1911(明治44)年には採鉱権をを手にした慈光寺泰仲が雷鉱山と命名。

その後も鉱業権は移り、1929(昭和4)年に日本曹達の所有となり、1933(昭和8)年頃に本格的な採掘が始まった。

1935(昭和10)年に舟打部落が形成され、その後診療所なども作られた。1938(昭和13)年には相馬第二尋常小学校舟打分教場が創立、1340(昭和15)年には舟打鉱山尋常小学校と改称。

太平洋戦争中も稼行し、戦後は従業員数は減ったものの、1955(昭和30)年頃でも190世帯、約800人が生活していたという。日産70tの選鉱場を備え、年産鉛1010t、亜鉛1964t、他にも銅や硫化鉄鉱が生産されていた。

輸入鉱石に圧され1962(昭和37)年9月に閉山。翌1963(昭和38)年8月31日には小中学校も閉校した。

跡地には植林され、1982(昭和57)年以降はキャンプ場として利用されていたが、そのキャンプ場も不使用状態となっている。

舟打鉱山無縁佛、舟打鉱山友之会碑、神社跡、小祠などの他、コンクリート遺構が見られ、跡地の一部は伐採が行われている。

舟打鉱山 画像

舟打鉱山(2020年11月)
舟打鉱山(2020年11月)
コンクリート遺構が見られる
コンクリート遺構が見られる
提供画像 転載禁止
舟打鉱山
提供画像 転載禁止
伐採された箇所
伐採された箇所
提供画像 転載禁止
1970年代の舟打鉱山跡
1970年代の舟打鉱山跡
1974-1978年 ©国土地理院

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◆舟打(ふなうち)鉱山※この地図は、内務省地理調査所発行の1/50,000地形図「弘前」(昭和22.7)を使用したものである所在:弘前市沢田(さわだ)地形図:陸奥田代/弘前形態:川沿いに家屋や施設が集まる標高:約250m訪問:2016年5月大字沢田の中東部、作