http://d.hatena.ne.jp/lettuce_chan/20140607/1402095161
恐山一帯は明治~太平洋戦争末期にかけて、軍需向けの硫黄鉱山がひしめいていた。現在、温泉の湯船のあるあたりには下北鉱区があった他、宇曽利湖北岸に6つ程度の鉱区があったとのこと。温泉は下北鉱区を掘ってる最中に噴出したもので、鉱区としてはあまり役に立たず、一番最初に
http://home.s01.itscom.net/sahara/stone/s_tohoku/ao_osore/osorezan.htm
明治~昭和期にかけて、恐山の宇曽利湖の北岸一帯は硫黄の大採掘場に変貌する。硫黄は火薬の原料となる貴重な資源であった。明治26年(1893)から31年まで三井鉱山合名会社によって、後に王子製紙工業株式会社に移り昭和27年(1852)まで、恐山鉱山として大規模な採