粟崎遊園 概要・歴史
門だけが残り公園に移設
粟崎遊園(あわがさきゆうえん、粟ヶ崎大遊園)は石川県河北郡内灘村(現・内灘町)にあった遊園地。
1925(大正14)年に、浅野川電気鉄道社長で材木商であり「北陸の材木王」とも呼ばれる平澤嘉太郎によって開設された。
旅館や大劇場、動物園や野球場などを備えたという。1928(昭和3)年には宝塚少女歌劇団を倣って少女歌劇団が編成され、舞台が催されている。
1929(昭和4)年1月に放火による火災が発生するが、同年中に再開。
1941(昭和16)年に軍に接収され閉園。跡地は日本タイプライター系列の軍需工場に転換され、戦後も再開されることがなかった。
唯一の遺構として門が残り、内灘町歴史民俗資料館「風と砂の館」隣の公園に移設されている。
2014-10-02
2022-08-05