大東鉱山(雲南市) 概要・歴史
大東鉱山(だいとうこうざん)は島根県雲南市大東町にあった鉱山。
モリブデン鉱、銅が採掘された。
1914(大正3)年に谷治之介名義で採掘を開始。1929(昭和4)年に太陽鉱工株式会社へ名義変更、1930(昭和5)年に本格的に採掘を開始した。
戦時中に兵器の製造に重要な役割を果たすモリブデンの需要が高まり、1941(昭和16)年頃に陸軍の後援で北日本鉱業株式会社大東精錬所が浮遊選鉱場を建設、操業を開始した。
戦後、北日本鉱業は解散し大東鉱山も休山。1946(昭和21)年1月に再開したが、需要の低迷と争論により同年10月に休山。その後、モリブデンの平和産業部門への用途が開けて再び需要が高まり、1950(昭和25)年から朝鮮動乱で過熱化、世界的な戦略物資として需要が増大したため、清久鉱山、大東鉱山、神谷鉱山、東山鉱山と相次いで採掘が再開された。
1960(昭和35)~1961(昭和36)年に最盛期を迎え、大東鉱山は日本の総生産量の66%を供給する日本最大のモリブデンの採掘地となった。
高品位の鉱石の減少や貿易の自由化による価格競争などにより、1985(昭和60)年に閉山した。
大東町の モリブデン鉱山は、大東鉱山の他に清久鉱山、東山鉱山、神谷(妙中)鉱山の4つがあり、現在、大東鉱山と東山鉱山のみ坑口が見られる。
跡地は陶製事業(出雲大東窯)に転業し現役運営されている。
県道のバス停留所に『大東鉱山前』という名が残り、斜面にはコンクリート造りの建物や鉱山軌道が見られる。
また、大東中学校の校庭に選鉱場にあった排滓池跡が残る。ここで製錬、缶に詰めた物をトロッコに積んで出荷したという。
2021-10-21