三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) 概要・歴史

東京都港区の三田三・四丁目再開発地区

大規模な再開発計画が2023年竣工を目指し2018年時点で既に着工している。

三田東急アパートメントは193戸から成る大規模な集合住宅で、アネックスビルは1970(昭和45)年、本館は1957(昭和32)年に竣工。往時は高級アパートの代名詞であり、芸能人なども数多く暮らしていたという。どちらも2009年3月に老朽化により閉鎖され、2018年現在、三田三・四丁目地区市街地再開発準備組合事務所が置かれている。

聖坂沿いではメゾンド聖坂などいくつかの集合住宅が閉鎖されている。

また岡啓輔氏によるセルフビルド建築「蟻鱒鳶ル(ありますとんびる)」があるが、移設予定だという。

いずれの建物もバリケード封鎖され厳重に管理されている。

状態
2018年12月14日 更新

物件は管理されており、無断侵入や破壊・損壊行為、物品の持ち出し等は法的に禁じられています。航空写真・ストリートビューからの鑑賞を強く推奨します。また周辺地域を訪問される場合でも、公道上から外見のみを見学し、地域の方々に迷惑となる行為は厳に慎まれるようお願い致します。情報は最新の状態を反映しているとは限らず、リニューアル・再生されている場合もあります。当サイトの情報は物件の歴史的に一時的な状態を示しているのみです。また、不使用施設以外の味わい深い施設をおことわりの上紹介している場合がありますのでご注意下さい

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) 住所

東京都港区三田4丁目

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) 種類

団地・住宅・別荘

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) 画像・写真

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)
三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント)

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) ストリートビュー・空中写真

三田三・四丁目再開発地区(三田東急アパートメント) ブログ・リポート

三田東急アパート(1957年) | 青山物産のブログ
http://www.aoyamabussan.co.jp/blog/1957/
港区三田4丁目、聖坂(ひじりざか)の途中に三田東急アパートがある。この集合住宅は193戸あり、竣工当時は日本最大級の規模だった。本館と新館(アネックス)があって、取り壊されることが決まっている。当時は高級マンションの代名詞的存在だった。老朽化は否めない。建替え
聖坂(ひじりざか)界隈  三田東急アパートメント~クウェート大使館~アリマストンビル(蟻鱒鳶ル)~潮見坂 - 墳丘からの眺め
http://massneko.hatenablog.com/entry/2015/07/30/000000
亀塚公園を過ぎると、いきなり廃虚が現れた。あとで調べたら旧「三田東急アパートメント」だった(背後は住友不動産三田ツインビル西館)背の高いアネックスビルは1970年(昭和45年)に、本館は1957年(昭和32年)に竣工し、どちらも2009年3月に老朽化により閉鎖
三田東急アパートメント廃墟 港区三田3丁目界隈 - 墳丘からの眺め
http://massneko.hatenablog.com/entry/2015/07/31/000000_1
そして右手(北側)にはビル廃虚。斜面は鬱蒼とした森になっている。橋を進んで振り返ったところ。結構高度感が味わえる。突き当たりは墓地で右折すると正面に廃虚。竣工して45年、人が去って6年半の「新しい」廃虚。そこから聖坂へ小道が続いていた。
三田東急アパート本館 | 「閉店/移転」カテゴリー | 三田スタイル
http://mita.top10.tokyo/spot/72
若干古ぼけた感もある、割と大きなマンション。2009年3月に閉館したらしい。三田東急アパートを再開発建替え,改修視野に検討東急不動産は、東京都港区にある三田東急アパートメントの再開発を検討している。整備方針や開発後の用途、スケジュールなどは未定。建て替えのほか

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