芳谷炭鉱 概要・歴史
芳谷炭鉱(芳谷炭坑、よしのたにたんこう)は佐賀県唐津市にあった炭鉱。
享保年間(1716~1736)に発見。
1885(明治18)年に肥前の石炭王である高取伊好、高島端島大島を経営した竹内綱、その長男でありコマツや唐津鐵工所の創業者となる竹内明太郎ら5名により開坑した。
1894(明治27)年に芳谷炭鉱株式会社が設立され、1906(明治39)年には第三坑の開発に着手。
掘り出した石炭は水運で、1898(明治31)年に現在のJR唐津線が開通してからは鉄道で、唐津港に運ばれたという。
1906(明治39)年には約49万tと県内最大の石炭採掘量を誇った。
1911(明治44)年に、三菱鉱業により買収され、同年には佐賀県内の約半分もの石炭を産出している。
1933(昭和8)年に閉山。
民家の庭先に芳谷炭坑第三抗跡が残る。他に貯水槽の遺構が見られる。
また、石炭発見地である「ドウメキ(トウメキ)」が「矢代(やじろ)町公園」として整備され、記念碑が設置されている。
2018-04-12
2022-04-07