桂川キャンプ場 概要・歴史
タコのキャンプ場
桂川キャンプ場は山梨県大月市の上のキャンプ場。桂川、甲州街道沿いに位置する。
東京に本社を持つ丸正食品が経営していたキャンプ場で、複数のファミリーキャンプ場、「ハニーキャンプ場」と「杉の木ログハウス」、フロントのログハウス、プール、炊事場、タコの滑り台などを備え、規模の大きなキャンプ場だった。
1979年6月時点では敷地の一部の木々が伐採されており、1988年時点の空中写真では確認できるため、1980年頃の開設と推測される。
『疑惑 JAL123便墜落事故』の著者である角田四郎氏が「1985年8月12日、国鉄中央線梁川駅にほど近い、とある都内のスーパーマーケット会社保有の私設キャンプ場」でJAL123便の姿を見たとの証言をしていることから、この時点で既に開設されていたことがわかる。
また「80周年記念講堂」という建物がキャンプ場内に建てられており、丸正食品の創立80周年が1999年にあたることから、この頃は少なくともキャンプ場としての営業をしていたことも間違いない。また雑誌『レクリエーション = Rec』(日本レクリエーション協会、2000年4月)にボランティアの募集記事があることから、2000年時点でも営業している。電話帳の記載は2001年まで続いており、2001年頃閉業と考えられる。
また「山さ行がねが」の記述によるとタコ形すべり台の川向かいに廃モトクロス場があり、こちらも丸正食品が経営しており関連があったらしい。橋の対岸へは橋渡しするワイヤーが残っており、必要なときにだけ橋として対岸まで架けられるスライド式の構造だったと推測されている。場内地図でもキャプファイヤー場とテントサイトが川の対岸に描かれている。
閉業後、2007年時点で対岸のモトクロス場はかろうじてコースが判別できる程度に草木に埋もれている。また2010年時点で国道沿いのゲート周りに草木が茂り一部が錆びついている。
2023年10月時点で国道沿いにゲートが残っており、非常に目立ちまた施錠されて管理されている。場内にはログハウスやタコの遊具のほか、円筒形やピラミッド型の宿泊小屋が多く残っており、一部が木々に埋もれている。炊事場などの簡易な施設は一部が倒壊している。
地元の猟友会が一時的に解錠し出入りしていることがあるらしい。川沿いに位置するため下流側から近付くことができる。
なお、道を挟んで反対側の敷地でも、網戸の販売車など複数の車両が廃車状態となっているが、直接の関係はないものと思われる。