紀州鉱山(紀和鉱山) 概要・歴史

紀州鉱山は、三重県熊野市紀和町の鉱山跡。

金・銀・銅・鉛・亜鉛・黄銅鉱・螢石・錫が採掘された。

この地域は小さな鉱山が点在しており、採鉱は奈良時代から行われ、東大寺の大仏建立に献上されたとも伝えられる。

昭和に入り、石原産業により1934(昭和9)年より44年間、大規模な採掘が行われた。1978(昭和53)年5月閉山。

国道311号線沿いにある「瀞流荘駅」と湯元である「湯ノ口温泉駅」の約1kmを、紀州鉱山の鉱山鉄道を利用したトロッコ列車が結んでいる。旧紀和町が観光客誘致のために旧鉱山鉄道を観光鉄道として再生させたものである。

紀和鉱山資料館には、実際に使われた本物のトロッコや鉱山器具の他、鉱石の数々、入鹿鍛冶による刀剣や大庄屋の観劇型などが展示されている。

選鉱場建物は1982(昭和57)年に解体されたが、コンクリート柱だけの古代遺跡のような遺構が残されている。またシックナー跡なども確認できる。

状態
2011年09月15日作成  2019年03月10日更新

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紀州鉱山(紀和鉱山) 住所

三重県熊野市紀和町板屋

紀州鉱山(紀和鉱山) 種類

廃鉱・採石場跡

紀州鉱山(紀和鉱山) 画像・写真

紀州鉱山(紀和鉱山)
紀州鉱山(紀和鉱山)
紀州鉱山トロッコ列車
紀州鉱山トロッコ列車

紀州鉱山(紀和鉱山) ストリートビュー・空中写真

紀州鉱山(紀和鉱山) スポット

紀州鉱山(紀和鉱山) 関連ブログ・参考リンク

奥野君の専用線日記:紀州鉱山情報
http://okunokun.ikora.tv/e187761.html
2008年12月16日 紀州鉱山といっても現役の鉱山ではなく、昭和40年代に廃鉱になった鉱山のトロッコを 観光用に走らせているところです。 金属鉱山であった紀州鉱山は廃鉱になっても鉱毒 処理用の施設が動いていて、その施設点検修理のためにまだ10数
奥紀州の鉱山トロッコ試乗記(1)
http://hse.dyndns.org/hiroto/Railway/kiwa/kiwa201.html
戦中・戦後には、国内屈指の鉱山として栄華を極めましたが、1970年代以降の円高の 中で徐々に衰退していったのは国内鉱山に共通の歴史。紀州鉱山も、1978年を最後に 廃鉱となりました。 鉱山なきあと、町おこしの期待を担って開設されたのが湯ノ口温泉
旧紀州鉱山のトロッコ
http://www.geocities.jp/junk2515/rail/kishu_00.htm
三重県の山奥、和歌山、奈良県との県境にあった紀州鉱山は長大なトロッコ路線 をもっていたことでも知られています。現在はもちろんすべて廃止されていますが、ごく一 部が湯ノ口温泉へのアクセス路線として運行されており、その片鱗に接することができ ます。
紀州鉱山01
http://wing.zero.ad.jp/~zbc54213/kisyuu01.html
紀州鉱山とはこの辺一帯にあった三和鉱山や大谷山銅山、楊枝山銅山など数々の中小 鉱山の総称である。歴史上発見されたのは結構古く西暦700年代に銀を時の朝廷に 献上したという記録が残っている。また西暦745年の奈良の大仏の建立にもここの銅や
湯の口温泉トロッコ
http://www14.plala.or.jp/e-town/yunokuti.htm
湯の口温泉トロッコ. 三重県熊野市紀和町の湯の口温泉には、瀞流荘と湯ノ口温泉を 結ぶトロッコ列車が運転されています。 廃坑になった紀州鉱山のトロッコを観光鉄道 として運転しているものです。乗車時間は、10分ほどのミニトリップです。温泉の入浴の
地下資源館の展示紹介 - 豊橋市の博物館
http://www.toyohaku.gr.jp/chika/collection/tmnr/resources/resources.html
紀州鉱山は、銅や硫化鉱を採掘する鉱山で、主な鉱石鉱物は黄銅鉱、黄鉄鉱、閃亜鉛 鉱、方鉛鉱などです。1970年には、銅1.3%、硫黄5.0%を含んだ粗鉱を265000tも 掘り出していましたが、その後は事業を縮小し、1980年に廃鉱になっています。 トンネル 内
写真と模型で鉄分補給 紀州鉱山軌道 - キロハユニ - FC2
http://kirohayuni.blog.fc2.com/blog-entry-96.html
2013年8月29日 紀州鉱山に関してはリー様がお詳しいとの事なので、ガイドしていただきながら廃鉱散策となりました(^^) 五條で待ち合わせて車で湯の口温泉を目指したのですが… 途中で通行止め(時間制限)に合ったり、散策で渡った吊り橋で越を抜かし 
本宮機関区運行日誌 廃鉱を満喫してきた。
http://hongukikanku.blog133.fc2.com/blog-entry-128.html
遅いお盆休みを取りまして昨日ちょっと鉄分(になるのか?)を補給してきました。 以前友人達と飲んでいる時に「紀州鉱山に行ってみない?」と話になりまして、キロハユニさんと二人で(平日だったので)日帰りで行ってきました。 キロハユニさん 
美しい廃鉱の姿 三重県紀和町 紀州鉱山 :東海秘密倶楽部 魔界ゆらゆら - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/tokaimakai/archives/50234372.html
紀伊半島ディープ・サウスにある紀州鉱山跡地。選鉱場跡地のパルテノンのようなコンクリートの立体物の連続は、まるでアート・オブジェのように美しい。古くは奈良時代に奈良の東大寺大仏が建立されたときに紀州地方の鉱山から大量の銅が供出されていたと言われている。更には南北
紀州鉱山 遺構調査機構
http://ruin-explorer.com/kisyu/kisyu.html
発電所跡鉱山廃鉱坑道地下紀州鉱山の記憶参考ホームページ:津島軽便堂写真館様廃愛好人様歩鉄の達人様板屋地区板屋地区略式図左現在、選鉱場脇インクライン跡右当時、選鉱場脇インクライン(津島軽便堂写真館様HPより)地図上A選鉱場付近選鉱場跡地図上A選鉱場付近坑口左現在
紀州鉱山鉄道(歩鉄の達人)
http://www.hotetu.net/kouzannkidou/130317kisyukouzantetudou.html
更新日時2017年10月16日紀州鉱山鉄道:紀州鉱山は昭和9年(1934年)石原産業がこの地域に多数の鉱脈があることに着目して、鉱山事業を始めるために鉱区買収をしたことから始まります。以来、閉山の昭和53年(1978年)に至るまでの44年間、開発初期段階や太平
【紀州鉱山(紀和鉱山)】その1:朝靄に眠る古き選鉱場 | 廃墟写真ブログ -Ruins Cat-
http://ruins-cat.com/blog-entry-238.html
紀州鉱山は古くは奈良時代から採掘が行われていた鉱山であり、主に銅を産出したほか金・銀の鉱脈もあった。奈良東大寺の大仏を建立する際にも、ここで採れた大量の銅が使われたと伝わっている。写真の選鉱場が建てられたのは戦前の1939年(昭和14年)、その5年ほど前から当

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