高萩炭鉱 概要・歴史

高萩炭鉱は茨城県高萩市にあった炭鉱。

江戸時代の末期に採掘が始まる。

近代に入り1894(明治27)年、手綱炭鉱が干代田炭鉱と合併して高萩炭鉱となる。

1897(明治30)年、千代田から高萩駅まで石炭をトロッコで運ぶ軽便鉄道が敷設される。高萩炭鉱では高萩駅から引き込み線路を敷設した。

高萩炭鉱専用線は向洋炭鉱秋山炭鉱への支線も含め運営され、1968(昭和43)年に廃止された。

高萩炭鉱和野地区(和野坑)跡付近に高萩炭鉱のほか辰ノ口炭鉱、三友炭鉱の創業者であった菊池寛実の石碑が設置されており、また、現在太陽光発電設備が設置されている付近に関連らしいわずかなコンクリート遺構が見られる。

精錬施設跡は解体されているが、何らかの遺構が残っている可能性がある。

状態
2011年09月15日作成  2019年10月12日更新

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高萩炭鉱 住所

茨城県高萩市高萩

高萩炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

高萩炭鉱 画像・写真

1970年代の高萩炭鉱跡
1970年代の高萩炭鉱跡

高萩炭鉱 ストリートビュー・空中写真

高萩炭鉱 スポット

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1890年(明治23)・第1回衆議院選挙で多賀郡から大津淳一郎当選(大津は松岡地区の石炭採掘願を出す)1891年(明治24)・手綱炭鉱(上手綱千代田)を開く1894年(明治27)・手綱炭鉱と千代田炭鉱(明治25年開坑)が合併(「手綱炭鉱株式会社」創立)(日清戦

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