はぼろ緑の村(太陽小学校) 概要・歴史

太陽小学校は北海道苫前郡羽幌町にあった学校。築別炭鉱

1940(昭和15)年に公立太陽尋常高等小学校として開校。同年開鉱した「太陽産業」が校名の由来だという。

1941(昭和16)年4月、羽幌町立太陽国民学校と改称。

戦後、1945(昭和20)年9月に木造新校舎が完成。

1947(昭和22)年4月、羽幌町立太陽小学校と改称し、太陽中学校を併設した。

1962(昭和37)年にユニークな円形体育館が完成。ダイヤモンドドーム型鉄骨組で内外部とも耐火補強コンクリートブロック積み、直径32.7m、広さ839.5平米で、中二階にベランダがあり、舞台装置や放送設備も完備した先進的なものだった。

1967(昭和42)年3月、現存する3階建ての鉄筋校舎を新築。そのわずか三年後の1970(昭和45)年に羽幌炭鉱が閉山。急速な人口流出により翌1971(昭和46)年に閉校した。

1979(昭和54)年、学校跡は宿泊可能な町営施設「羽幌緑の村」に改装されてオープン。近隣に野球場・パークゴルフ場・キャンプ場などを備え、炭鉱資料なども展示していた。

2001(平成13)年(2000年とも)に「羽幌緑の村」は閉業。

その後長らく朽ちた状態にあり、ユニークな円形体育館ドームが人気を集めていたが、2018(平成30)年3月、老朽化と積雪の重みにより倒壊した。

2019(令和元)年7月時点で、へしゃげるように潰れた円形体育館と校舎跡が現存する。

状態
2011年09月15日作成  2019年08月02日更新

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はぼろ緑の村(太陽小学校) 住所

北海道苫前郡羽幌町築別炭砿

はぼろ緑の村(太陽小学校) 種類

廃校

はぼろ緑の村(太陽小学校) 画像・写真

はぼろ緑の村(太陽小学校)(2019年7月)
はぼろ緑の村(太陽小学校)(2019年7月)
ピンク色の外装が印象的な建築である
ピンク色の外装が印象的な建築である
外壁には剥落箇所が目立ち、ガラスも多くが損壊している
外壁には剥落箇所が目立ち、ガラスも多くが損壊している
出入り口は封鎖されている
出入り口は封鎖されている
生育した草木が独特の雰囲気を醸している
生育した草木が独特の雰囲気を醸している
卒業生に呼びかける張り紙があった
卒業生に呼びかける張り紙があった
はぼろ緑の村(太陽小学校)
体育館入口
体育館入口
はぼろ緑の村(太陽小学校)
ドーム部分が完全にへしゃげて潰れている
ドーム部分が完全にへしゃげて潰れている
倒壊したドームの向こうに校舎が見える
倒壊したドームの向こうに校舎が見える
外周の部分だけがかろうじて残っている
外周の部分だけがかろうじて残っている
はぼろ緑の村(太陽小学校)
倒壊前の円形体育館ドーム(2008年)
倒壊前の円形体育館ドーム(2008年)

はぼろ緑の村(太陽小学校) ストリートビュー・空中写真

はぼろ緑の村(太陽小学校) 関連ブログ・参考リンク

廃校、太陽小学校3。 - やくにてるの冒険 - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/yakuniteru/6614800.html
2010年12月19日 問題の連絡通路だが、極めて危険な状態なのでここを通っての廃墟探索はオススメ 出来ない。もし、どうしてもと言うならば、 写真4、 廃校末期は、はぼろ緑の村としての 宿泊施設として運営されていた様である。写真は、スタンプ置き場の様
築別炭鉱線(羽幌炭礦鉄道)(2) - 街と鉄道
http://tkohara.la.coocan.jp/souya5b.html
5. 築別炭鉱線(羽幌炭礦鉄道)(2) ―. (羽幌町) 廃校後に町営の資料館&宿泊施設「緑の村」として利用されていましたが、その「緑の村」も既に閉鎖、本当の無人の世界になっています。 太陽小学校をあらゆる角度から眺め、また、三橋さんが持参された築別炭鉱にお住まいだった頃に撮影された写真を...
ゆるたん。 |築別炭鉱・太陽小学校の円形体育館
http://shinotakasan.blog13.fc2.com/blog-entry-514.html
何せあらかじめ詳しく調べることをしてこなかったので、 割と当てずっぽうで回る羽目に。 入れそうな道は入ってみましょう作戦。 来た道を引き返して先ほどのホッパーを過ぎると、左手に道があったらしく早速そちらに入って橋を渡ると、なんと 
廃墟リスト52
http://members.jcom.home.ne.jp/usiromet/haboro/midori.htm
廃墟リスト52はぼろ緑の村(北海道羽幌町築別炭坑)☆コメントつきですので左上より右に順番に進んでくださるとありがたいです☆
ゆるたん。 |羽幌たんけん2013・円形体育館
http://shinotakasan.blog13.fc2.com/blog-entry-572.html
太陽小学校の円形体育館。前回堪能しましたが、やはり何度でも見たいものですね…!特にあの天井…さすがに今回は入りやすい。5月中旬なのにまだ雪が、残ってるんだものね…おじゃましまーす。というか、ただいまーっといった感じ。たった2度目なのに。
廃墟(羽幌周辺)太陽小学校|ワンダー蝦夷
http://ameblo.jp/kurotorotubu/entry-11561897392.html
以前に羽幌に行ったときに撮影した太陽小学校の写真です。見事な円形体育館です。校舎内部のカウンター?に???寂しそうな鹿のはく製怪獣がいました。2階の一部です。次回に続く・・・・・
旅のはなし |夏の北海道2015(3) 羽幌炭礦跡探訪
http://sagaminomen.blog.fc2.com/blog-entry-419.html
2015年7月27日 築別川の河口に位置し,かつてここにあった国鉄築別駅からは川に沿うように延びる羽幌炭礦鉄道が分岐していました。 曙という集落を左に折れると,森の中に廃墟が点在するようになります。 昭和50年頃の航空写真になると,殆どの炭住は消え,「緑の村」や先ほどの団地型の炭住を除...
扉、扉、扉、
http://tobirahorizon.blog109.fc2.com/blog-entry-726.html
久しぶりの外出。道北の羽幌へと行ってきました。猛烈に雨が降っていたけれどね。4時間ほど車窓を眺めた後、まず最初に訪れたのは築別炭鉱の太陽小学校。目の前にあるのは体育館です。左手を向くと奥には校舎が見える。体育館の入り口付近から。体育館の屋根が湾曲している。そし
羽幌炭鉱―追想― (後編) - ホルマリンのマンネリ感リセット
http://blog.goo.ne.jp/j23a5y/e/98b421700f642562d23256bdfe7fab20
相変わらずひと気のない山道をしばらく進んでいくと、遠くに見えてきたのは巨大な円形のドーム。近くへ行ってみるとピンク色の校舎の廃墟と隣接しており、その正体は立派な体育館だという事が分かった。これが羽幌炭鉱の繁栄を物語る巨大廃墟、「旧・太陽小学校」だ。築別炭鉱の発
廃墟を旅する  【廃校】羽幌炭鉱廃墟群・太陽小学校
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思い出の場所が忘れられていくとき羽幌炭鉱廃墟群・太陽小学校北海道の厳しい冬が終わりを告げ、季節は春から初夏へと移り変わろうとしていた。見渡す限りの大自然の中に不自然な近代建築が突如として表れる。それは桃色で直角の建物と、円形の巨大な建物だ。いずれも異様なこの建
【北海道】羽幌町築別炭鉱 太陽小学校 : 何度でも訪れたい日本の風景
http://blog.livedoor.jp/club007/archives/17269836.html
※2018年3月雪の重さに耐えきれず倒壊してしまいました。今の北海道は沖縄より暑い…気温だけでなく湿度も高く、まったくカラッとしてません(^^;;九州の大雨もそうですが、日本の気候はもう予測がつかなくなっていますね。現在進行中の今年の北海道の旅ですが、昨年は山
太陽小学校円形体育館倒壊 - タケの放浪記
https://blog.goo.ne.jp/takekuro6458/e/724c6663ef753ded6d3015db25874e50
道新をネットで見ていたら、羽幌町にあった築別炭鉱の太陽小学校の円形体育館が、雪の重さで倒壊したと載っていた雪の重さと老朽化か誠に残念なことです今年も、行って遠くから眺めて来るか平成14年平成23年平成24年平成28年屋根が一気に落ちたので壁も吹っ飛んだとか格別
築別炭鉱 選炭場跡 探検
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kitanohosomiti/top10901.html
容量2,000tの精炭ポケット昭和15年開校の太陽小学校体育館。昭和30年に現建屋となり、昭和35年の学級数23、児童数1,065名を記録する。昭和37年に当時としては珍しい円形体育館が完成するが、昭和46年閉校、平成29年倒壊。(マウスon)太陽小学校より北
親戚さんのお手伝い 21日目 (休日 その3) 太陽小学校 ( 北海道 ) - デジカメと リスと小鳥と 時々その他 - Yahoo!ブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/oly_c700uz/41410346.html
既に自宅へ帰宅していますが、親戚さんのところへお手伝いに行って休日「道北」へ出掛けた時のお写真を掲載しています♪掲載画像は大きく表示することが出来ます。今年の冬に「雪で倒壊した」と少し話題になった円形体育館が象徴的な「太陽小学校」の現在の様子を見に行ってきまし
ついに積雪で崩落した伝説的な廃虚:太陽小学校(北海道羽幌町) | ruins.photo
https://ruins.photo/ruins-photo/taiyo-syogakkou.html
非常に残念なことに太陽小学校の体育館が2018年の1~3月の雪の重みで倒壊してしまったという情報が2018年3月25日、Twitterを駆け巡った。他の人の情報では残った校舎の方も雪の重みで倒壊しかかっているという情報もあり、少なくとも近づいて中に入るのは相当
もう一人では行かないぞ!羽幌町の廃校・廃坑探検その1<円形体育館太陽小学校> - inakalife-いなかくらし-
https://www.canworks.info/entry/haborotankou
遠別町のとなりのとなりまち。羽幌町はご存知でしょうか。甘えびがおいしい町であり、遠別町から一番近いドラッグストアのツルハドラッグがある町です。この町には今はもう使われなくなった炭坑、いわゆる廃坑があります。その名も羽幌炭鉱。羽幌炭鉱は羽幌本坑、上羽幌坑、築別坑
太陽小学校
http://rurounotami.la.coocan.jp/moku_taiyo.htm
羽幌町立太陽小学校(廃校)開校調査不足不明閉校昭和46年(羽幌炭鉱閉山の翌年)校舎は昭和42年に建て替えられている。昭和54年に宿泊可能な町営施設"羽幌緑の村"として活用開始平成12年"羽幌緑の村"閉鎖丘の上に桃色の校舎が見えてきた。RC3階建ての非常に近代的
羽幌炭鉱 太陽小学校 | KEN五島の写真家ブログ KenGoshima Photography              建築写真・夜景空撮・航空機・炭鉱遺産・風景etc.
https://ameblo.jp/kengoshima/entry-12363943036.html
Yahoo!ニュースと北海道新聞にて、羽幌炭鉱跡にある太陽小学校円形体育館が倒壊したとの情報を知りました。羽幌炭鉱は義理の祖父が保安監督員として勤務していた炭鉱で、北海道炭鉱遺産撮影の活動において最も思い入れを持って撮影していた炭鉱でした。太陽小学校も幾度とな

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