江浦隧道 関連ブログ・参考リンク
https://shizuokanstation.web.fc2.com/road414-enoura-tn-2.html
調査日:2008年3月23日、2012年11月29日、公開日:2020年3月9日国道414号線旧道(江浦隧道)(旧道編)静岡県下田市と沼津市を結んでいる国道414号線の、江浦地区の旧道を探索しています。赤いラインの道路が現道の国道414号線、緑色のラインの道路が旧道となります。カーブ1つ分のみの非常に短い旧道です。基本的に地図の左側(西)から右側(東)へと進んでいきます。それでは、旧道を調査していきます。地図は国土地理院の電子地形図を使用現道と旧道の分岐点です。緩やかな左カーブを描く現道に対し、旧道は真っ直ぐ進み、トンネルに入っていきます。こういった場合、旧道が明かり区間、新道がトンネルであることが多いのですが、ここでは逆となっています。現道は、トンネルではなく深い切り通しによって通過しており、技術の進歩を実感します。※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。扁額によると「江浦隧道」で、1950(昭和25)年1月の竣功と、なかなかの古参です。現在はフェンスが設置され内部に入ることはできませんが、短い隧道なので見通すことができます。それでは、反対側に回ることにします。以降は、右側(東)から左側(西)へと進みます。現道と旧道の分岐点です。旧道は左へ分岐します。※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。こちら側の旧道は、江浦隧道までの間に住宅や漁港があるため、短い区間ではありますが現在でも利用があるようです。また、現在でも旧道が現役時代だった時のものと思われるセンターラインがうっすらと残っています。ちょうど乗用車が停車しているのでよく分かりますが、センターラインがあるとはいえ、幅はかなり狭いです。住宅を過ぎると右へカーブし、その先には江浦隧道が待ち受けています。見通しの悪いカーブの先が隧道という、旧道らしい線形の悪さです。大型車同士ではまずすれ違えない幅であり、現役時代は相当ネックになっていたのではないかと思います。※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。カーブを曲がると、すぐに江浦隧道となります。こちら側も、フェンスが設置されており、やはり立ち入りはできません。なお、この旧道は2008(平成20)年と2012(平成24)年の2回探索しており、2008年に探索した際にはまだフェンスが設置されておらず、通り抜けることが可能でした。老朽化などで危険と判断されたのでしょうか。確かに、すぐ脇には現道が通っているので迂回が容易で、通り抜けできなかったとしても影響はなさそうです。※この画像はマウスを乗せると切り替わります(少々時間がかかる場合があります)。江浦隧道内部の様子です。この隧道は、全面にわたって内壁の補強がされていますが、これが現役時代からのものだったのか、旧道化してから行われたものなのかは不明です。なお、2008(平成20)年探索時にも内部を撮影していますが、この補強のおかげか、フェンス設置後も崩落などは見られないようです。2008年探索時の写真には乗用車が停車しているので、隧道の大きさが分かりやすいですが、大型車同士のすれ違いは厳しいように見えます。旧道へ 戻るPowered by FC2ホームページ
https://kodou.lolipop.jp/numazu-tunnel.htm
沼津の江浦に旧道を探して探索 2008年1月26日 いきなりの探訪 下田から沼津へ向かう時、気になっているモノがありました。 長岡を抜け、狩野川の放水路に沿って走り、トンネルを抜けると沼津市江浦(えのうら)に出ます。そこから住宅の建ち並ぶ海沿いの狭い道を走るのですが、所々にぽつんと取り残されたようにトンネルが佇んでいるのです。1月26日の土曜日、一緒に山歩きに行こうと計画していたHAL隊員と落ち合うために沼津の香貫を86号で走行していたところ、氏から着電アリ。何と、風邪を引いて体調が悪いから今日はダメ、とのこと。むむーん、これはつまらない。しかたなく計画変更…。ここはちょうど静浦の近くです。そうなら、気になっていた旧道のトンネルを一人で訪ね歩くことにしましょう。歩いて道を辿れば、きっと何か発見があるに違いありません。さて、歩き始めはどうしましょう。太陽は南にあるので、北に向かって歩けば、写真撮影には都合がよいはずです。南から歩くことにしましょう。となると、狩野川の放水路辺りに車を停めなければなりません。 そういえば狩野川放水路が海に接続する辺りにポケットパークがあり、駐車スペースがあったように覚えています。まずはそこに行くことにしましょう。静浦の7-11で86号をUターンさせ、狩野川放水路出口のポケットパークに車を入れました。案の定、そこには3台ほどの駐車スペースがあります。かなり寒いので、手袋をして出発。でも今日のカメラは普段予備として使っているコンパクトデジカメです。広角側の焦点距離があまりワイドでないので辛いのですが、しかたありません。石丁場跡 狩野川放水路が掘削されたのは、昭和37年頃です。長岡の方から大規模に地面を掘り下げ、トンネルを造って放水ルートを形成しています。その出口が海と繋がる部分は、岩盤を削って作ってあるように見えます。しかしよく見れば、その削り跡が独特であることに気づくでしょう。いかがでしょうか。削り跡に鑿の跡が見えませんか。そう、これは石を切り出した丁場の跡と推察されるのです。 切り立った岩壁の石丁場跡 昔はもっと険しく迫力がある形状をしていたそうです事実、静浦の辺りは、海岸近く...あったようです 基礎の跡が残っていましたから近くまで寄っても平然としている海鳥がいました。大きな鳥はあまりかわいくないです(ボソッ…)。かもめかな? ちょっと元気のない海鳥でした 逃げないんだもんおまけ 86号を置いたところに戻り、帰路につきました。「静浦東小↑」という案内表示のあるトンネルをくぐって、長岡に向かいました。 扁額には「御場隧道 昭和五十三年六月三十日竣功」とあります こちらの道には古そうなコンクリート製のガードレールがついており、ここが旧道であることを示しているように思いました。こちらにもかなり大きな石丁場が見えました。面白いのは、ドアが付いていて、管理人の詰め所や警報装置がつけられていることです。何らかの火薬庫のような使われ方をしているのでしょう。地震計を設置した部屋に警備保障装置はいらないでしょうからね。 ひょっとして「石丁場街道」と呼んでもよいかも かなり広範囲に掘られていたのではないでしょうか 厳重な警戒がされているようです 誰もいませんでしたが 民家や石丁場のあるところを抜けると、こんな切り通しがあります。左右に迫る岩壁が迫力満点です。放水路沿いの道より、こちらの方が古いことは明白です。旧道…なんでしょうね。 岩盤の層がはっきりしています 崩れてこないのかな 中央道を走って、大仁インターで降り、大仁の街なかを通ってきました。伊豆箱根鉄道の線路を踏切で越えると、掛け替えをしている大仁橋があります。これが見たかったのです。 左がこれまでの大仁橋 ホントは大きいにの、今は小さく見えますね古い方の橋は、大正4年に架けられたそうです。ほとんど明治の産業遺構に近いですね。この旧橋は取り外されてしまうのでしょうか。 またひとつ、産業遺構が増えていきます えっ、取り壊すの?ほら、「大正四年」って書いてあるでしょ? このプレートだけでもどこかに残してほしいですねこの後、大仁金山跡の山神様を見にいって、帰路につきました。あ、大仁辺りの「下田街道」も、もちっと本気で探索しないとネ・・・。 トップ
http://yamaiga.com/tunnel/kutino/main4.html
扁額には“左書き”で『江浦隧道』とあって、小さな文字で「昭和二十五年一月竣工」とも刻まれている。『リスト』の竣工年とは1年の隔たりがあるが、理由は不明である。 注目すべきは、左書きの扁額の造られはじめる最初期にあたるものと思われる点だ。(日本政府が、諸官庁の作成する文書形式のガイドラインにあたる『公用文作成の要領』において、「左横書き」を基本とする旨を公示したのは、昭和26年である) また、コンクリートの坑門でありながら、単なる飾りではない石造アーチ(あくまでコンクリートブロックではない)や笠石(これはコンクリート)が意匠されている点も、コンクリート製トンネルとしては珍しい。
http://fromobroad-tounknown.blog.jp/archives/%E5%9B%BD%E9%81%93414%E5%8F%B7%E3%80%80%E6%97%A7%E9%81%93%E3%80%80%E6%B1%9F%E6%B5%A6%E9%9A%A7%E9%81%93
今回は、静岡県沼津市にある国道414号の旧道。探訪日は2019年7月21日。チャリで沼津市街から内浦へ向けて国道414号を走っていると、それは突然現れた。めちゃめちゃ分かりやすい旧道!一目で廃止されたと分かる!
https://blog.cles.jp/item/8185
江浦の国道414号線を走って行くと突如、道の脇に取り残されたようなトンネルが現れます。この周辺はトンネルマニアの聖地らしく、この江ノ浦隧道トンネルは414号線の旧道時代に使われていたもののようです。残念ながら現在はフェンスが設置されていて、中に入ることはできませんでした。