達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) 概要・歴史

達布炭鉱天塩炭鉱)は、北海道留萌郡小平町達布にあった炭鉱。留萌炭田にあった炭鉱の一つである。

明治中期に北炭(北海道炭礦汽船)に譲渡されていた鉱区だった。

1941(昭和16)年に天塩鉄道(てしおてつどう)、後の天塩炭礦鉄道(てしおたんこうてつどう)が開通してから本格化。

1951(昭和26)年に北炭として廃坑となったが、天塩炭鉱鉄道として採掘が続けられた(天塩炭鉱達布鉱)。

1958(昭和28)年には住吉炭鉱の採掘権を入手し、1962(昭和37)年に子会社の日新炭鉱を設置。1963(昭和38)年には年間10万t程度を記録するも、1967(昭和42)年4月に閉山となった。なお住吉炭鉱も同年10月30日に閉山となっている。

遺構として、巨大なホッパー跡などが現存する。道道126号線沿いに位置しており、見学しやすい。

なお、1941(昭和16)年に留萠 - 達布間で開業した天塩鉄道は1959(昭和34)年に天塩炭礦鉄道と改称。1967(昭和42)年に鉄道路線としては廃止されている。

廃線跡の多くは道路に転用されており、第一トンネルは拡幅の上で萌平トンネルに転用、第三トンネルは町道小平蘂左岸線沖内トンネルに転用された後に廃止され、現在は封鎖されている。第二トンネルは水没、内部で閉塞しており、アプローチが極めて困難である。

達布駅跡は「てんてつバス」の達布営業所となり、少なくとも2015年時点までは残っていたが、2019年まえに解体されている。

状態
2011年09月15日作成  2019年08月01日更新

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達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) 住所

北海道留萌郡小平町達布

達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) 種類

廃鉱・採石場跡

達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) 画像・写真

天塩炭礦鉄道第一トンネルから転用された萌平トンネル(2019年7月)
天塩炭礦鉄道第一トンネルから転用された萌平トンネル(2019年7月)
天塩炭礦鉄道廃線跡
天塩炭礦鉄道廃線跡
第三トンネル南側。私有地となっており立ち入れない
第三トンネル南側。私有地となっており立ち入れない
このさきに第三トンネル南側坑門があったはず
このさきに第三トンネル南側坑門があったはず
第三トンネル北側坑門
第三トンネル北側坑門
解体された達布駅跡。手前のコンクリート基礎が名残である
解体された達布駅跡。手前のコンクリート基礎が名残である
達布炭鉱のホッパー跡(2019年7月9
達布炭鉱のホッパー跡(2019年7月9
ホッパー跡
ホッパー跡
ホッパー跡
ホッパー跡
ホッパー下部
ホッパー下部
ホッパー下部
ホッパー下部

達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) ストリートビュー・空中写真

達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) スポット

達布炭鉱(天塩炭鉱、天塩炭礦鉄道) 関連ブログ・参考リンク

天塩炭鉱と達布小学校とてんてつバス
http://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/3HOUMONV.htm
その後、戦時中の乱掘と寿坑の終掘、栄坑の水没の後遺症により昭和26年に北炭 としては廃坑に至ることになりました。 天塩炭鉱鉄道は昭和42年に鉄道の廃止後、 バス事業者となり、現在でも留萌-達布間を一日4.5往復する路線バスと貸切バスを兼業 し
廃虚栄
http://haikyoei.web.fc2.com/tappu/tappu.html
函館からの羽幌炭鉱を終えたその日の帰り、薄暗くなってからの探索、になります。達布炭鉱。小平ダムへ向かう途中の道道沿いに佇んでいる巨大なホッパーのみがここに炭鉱があったことを示してくれてます。薄暗く、体力もピークとなっている中なので今回は探索ではなく下見の感覚で
【廃墟旅】達布炭鉱 : バスターズの非日常と廃墟の日々
http://blog.livedoor.jp/darker916/archives/12123333.html
2014年8月中旬稚内のホテルを朝5時間に出発する。この日のプランが一番の目玉で、かつ一番体力を使う予定で、さらにレンタカーも帰さなくちゃいけない。とにかく時間が読めないので早めの行動に限る。今度は一気に南下する。北海道の運転は楽で気持ち良い。オロロンラインを
北炭手塩炭鉱跡 - iPhotoReco~iPhoneによる記録写真
http://iph.zouri.jp/00147.html
北炭手塩炭鉱跡 北炭手塩炭鉱跡は,北海道留萌郡小平町にある炭鉱跡です。北炭手塩炭鉱は,留萌炭田の中にあった炭鉱の一つで,大正期に最盛期を向かえました。しかし,1943年(昭和18年)を境に採掘量が低下し,新たな炭鉱を
住吉炭鉱
http://yaeijin.fc2web.com/page196.html
この日、達布の炭鉱遺構も撮影したのでここに載せときます次回に達布炭鉱の詳細探索をしたいと思います
達布炭鉱
http://yaeijin.fc2web.com/page114.html
達布炭鉱2003年06月01日天塩炭鉱鉄道3連選炭ホッパー留萌郡小平町達布
天塩炭礦鉄道
http://www.geocities.jp/history_of_rail/tap3/06.html
二本のトンネルの因縁~~天塩炭礦鉄道そのⅥ天鉄の営業成績苦難だらけの天鉄参考文献(01)には景気の悪い文言が多いのが特色である。どのような会社であれ、苦難の時代はあるものだが、これほど苦難だらけの会社も珍しい。曰く。「全般的に営業を開始したるも奥
天塩鉱
http://www.geocities.jp/syougunn7/tesiokou.htm
北炭天塩鉱(北炭時は寿,栄坑,天鉄時は日新鉱)ホッパー跡。この炭鉱は安政4年に小平蘂川上流に石炭が出るという話を聞いて調査したのがはじまりで(この時の調査では発見できなかった)その後,明治になりこの地方を山口藩が支配することになり,藩が炭鉱開発に力を入れ開鉱作
小平町のトンネル – 日記的な何か
http://morigen.net/blog/?p=5841
昨日の羽幌炭鉱らとともに留萌炭田の一翼を担っていた達布炭鉱から、運炭のために留萌までを結んだ天塩炭砿鉄道のトンネル。この鉄道には第1から第3までの3本のトンネルがあり、第1は拡幅改修し北海道道1048号萌平トンネルとなり、第3は町道小平蘂左岸線沖内トンネルに転
廃線探索 天塩炭礦鉄道(歩鉄の達人)
http://www.hotetu.net/haisen/Hokkaido/150920amashiotankoutetudou.html
天塩炭礦鉄道(てしおたんこうてつどう)は、北海道北西部に鉄道路線を有した民営鉄道である。北海道炭礦汽船(北炭)が天塩炭礦で産出する石炭を運ぶために建設した。同じ留萌炭田に既に留萠鉄道があったため、旧国名の天塩を路線名に用いた。会社設立時は天塩鉄道(てしおてつど

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