高根金山(鳴海金山) 概要・歴史

高根金山鳴海金山)は新潟県村上市の鉱山。県道349号線沿いに位置する。

807年相之俣弥三郎が金山を発見したと伝えられている。元和元(1616)年、徳川幕府の意向により廃山とされたが、その後も明治・大正・昭和年間にかけて断続的に採掘が続けられた。

ゴールドパーク鳴海として管理されている。

2011年09月15日作成

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高根金山(鳴海金山) 住所

新潟県村上市高根

高根金山(鳴海金山) 種類

廃鉱・採石場跡

高根金山(鳴海金山) 関連ブログ・参考リンク

鳴海金山 埋もれた古城 
http://umoretakojo.jp/Shiro/Tokubetsuhen/Narumi/
上杉の軍用金を支えた黄金の山鳴海金山(高根金山)なるみきんざんNarumi-Kinzan新潟県岩船郡朝日村高根(ゴールドパーク鳴海)タヌキ掘りの坑道歴史鳴海金山の開山は大同二(807)年、出羽国の住人、相之俣弥三郎によって発見され
ゴールドパーク鳴海金山(歩鉄の達人)
http://www.hotetu.net/sonota/140907narumikinzan.html
:807年相之俣弥三郎が金山を発見したと伝えられている。1171年池大納言頼盛奉行の時、採掘を盛大に行う。1597年上杉家蔵越後瀬波郡絵図に越後黄金山の主体、高根金山、猿田金山が明記。慶長年間には全国の産金量の3分の1を産出したと言われている鳴海金山跡は、当時
柵の向こう側 高根金山
http://pulam.blog.fc2.com/blog-entry-1.html
ふもとから20km以上、山中をさまよう。時間にして小1時間程。これ以上は乗用車では不可能か!?って程の山奥。って、普通のひとなら、こんな山奥までは来ませんが(^^;高根金山の選鉱場跡を発見。本当は、この時は何か分からずに、ただ「廃」を発見と喜んだだけだったのだ
あなたのホームページタイトル
http://outdoor.geocities.jp/yoldianotabilis2008/takanekinzan.html
高根金山(相俣金山主鉱鳴海金山)瀬波郡絵図に示される高根金山東京大学史料編纂所,1985一部転載位置鳴海山、駒ケ岳、焼峰の三山を総称して高根金山という。慶長二年(1597)の瀬波郡絵図に名入りで大書きされ、高根村より六十里と記録されている。高根金山の主鉱である

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