庶路炭鉱 概要・歴史

庶路炭鉱は、北海道白糠郡白糠町にあった炭鉱。

1939(昭和14)年、明治鉱業庶路炭鉱として開坑。太平洋戦争中は一時休山し、戦後再開される。

西庶路駅から庶路炭鉱までは専用線が敷設された。

1960(昭和35)年、大規模なガス爆発が発生し、死亡者18名、重傷者7名をだした。

1961(昭和36)年に立坑が完成。1963(昭和38)年に最大出炭の35.8万tを記録するも、石炭から石油への国の方針転換もあり、翌1964(昭和39)年に閉山。

跡地は王子製紙の社有林となっており、林道が延びている。もともとあったバリケードは壊れていて立入り可能であるが、熊の出没する地域のためか「すべて自己責任」という看板が設置されている。

ホッパー、ズリ山、トンネルなどが残っているが、炭鉱住宅はすべて撤去されている。

また、西庶路錦公園に庶路炭鉱発祥の地の石碑が設置されている。

状態
2011年09月15日作成  2019年05月15日更新

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庶路炭鉱 住所

北海道白糠郡白糠町

庶路炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

庶路炭鉱 画像・写真

庶路炭鉱

庶路炭鉱 ストリートビュー・空中写真

庶路炭鉱 スポット

庶路炭鉱 関連ブログ・参考リンク

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庶路炭鉱発祥之地 - 探索の痕跡
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庶路炭砿、変電所の施設らしいです。幌内炭砿変電所のような高圧線鉄塔が多数あるワケではなくこの建物が残るだけです。どんな役割の施設だったのでしょうね。草に埋もれる建物入り口特に何も無い内部の様子
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ななめさんなかなか絶妙なバランス感覚の持ち主です庶路の百足
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