福住炭鉱 概要・歴史

福住炭鉱は、北海道赤平市にあった炭鉱。

採掘期間は1955(昭和30)年~1964(昭和39)年と短かった。1961(昭和36)年に爆発事故を起こしている。

ホッパー跡や坑口跡など、関連施設遺構が見られるが、夏季は藪に埋もれて確認しづらい。

鹿除けの電気柵が設置されているが開閉できる。週辺はヒグマの出没地帯のため注意が必要である。

状態
2011年09月15日作成  2019年08月01日更新

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福住炭鉱 住所

北海道赤平市住吉町

福住炭鉱 種類

廃鉱・採石場跡

福住炭鉱 画像・写真

福住炭鉱のホッパー(2019年7月)
福住炭鉱のホッパー(2019年7月)
福住炭鉱のホッパー(2019年7月)
福住炭鉱のホッパー(2019年7月)

福住炭鉱 ストリートビュー・空中写真

福住炭鉱 関連ブログ・参考リンク

廃鉱探索[赤平芦別探索]赤平編
http://blogs.yahoo.co.jp/pndcy047/25665755.html
一箇所目は赤平福住炭鉱から!パンダちゃんは健在でした。 いつも思うけどこのうえからでてきているのは何なのか?セメント?けど固まってない・・ メンバーはいつもながら目を輝かせています 選炭場全景 現役時代の写真。
田園地帯に静かに眠る福住炭鉱
http://www.asahi-net.or.jp/~re4m-idgc/FUKUZUMI.htm
田園地帯に静かに眠る福住炭鉱田園地帯の奥に残る遺構赤平市住吉町の農村地帯の一角にあった日本炭業が運営した炭鉱です。昭和30年~39年という短い期間の命の中小炭鉱でした。日本炭業は大手炭鉱の隙間を突くような性格の会社で九州、北海道の炭鉱を数ヶ所経営していました。
赤平の福住炭鉱:べっかんこ空知:So-netブログ
https://burasorabeka-n.blog.so-net.ne.jp/2009-08-28
070724掲載旧タイトル「赤平の福住炭坑」赤平にあった小規模の炭坑あちこちのサイトでも掲載されてますがホッパー等残っています注)当ブログを見て事件・事故に遭遇されたとしても一切責任を負いません。また、探索を勧めるものでもありません。何やらホッパーがおでむかえ
北海道、何でも秘境探検記。(秘滝、秘湯、遺構、秘境駅他) 福住炭鉱跡(赤平市)~こんなところに炭鉱跡
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福住炭鉱 | ちょっと探検な日記
https://black.ap.teacup.com/isan/500.html
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日本炭業株式会社福住鉱業所福住炭鉱は日本炭業株式会社(本社東京)の経営で昭和30年豊里鉱の租鉱だったものをかり、開鉱したもので昭和36年11月現在、鉱員216人と租夫40人で採炭、月産1万1千トンから1万4千トンをあげている中小炭鉱であった。日本炭業全山(北海
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新入りのα77の試し撮りをかねて赤平市の福住炭鉱跡行ってきました

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