朝日軍道

朝日軍道(あさひぐんどう)は、かつて、置賜地方と庄内地方を結んでいた山岳道路。上杉景勝の家臣、直江兼続によって開削され、飛地となっていた上杉氏の所領を連絡する目的で使われた。

この軍道が歴史の表舞台に登場したのは、関ヶ原の戦いと同時に起こった慶長出羽合戦の時である。この時、上杉方の酒田城主志田修理義秀は、六十里越街道を越えて、最上方の白岩城(現寒河江市白岩)を攻略していたが、関ヶ原の戦いにおける東軍勝利の報に接し、直江兼続を総大将とする上杉軍は、撤退戦の末、米沢城に帰還した。

その際、志田軍には、帰還命令が遅れたため、最上領内に取り残されることとなってしまった。そこで、志田軍は大井沢(現西川町大井沢)から大朝日岳まで戻り、11月のすでに冠雪した朝日軍道を通って、酒田城まで帰還することに成功した。これが表舞台に登場した朝日軍道である。

その後、庄内地方は最上軍に攻められ、ついには酒田城を攻め落とされる。そして関ヶ原の戦いの仕置きにより、上杉景勝は所領を大幅に減らされ、米沢30万石のみとなってしまった。これにより、置賜地方と庄内地方を連絡する朝日軍道の必要性はなくなり、あっという間に廃道となってしまった。

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朝日軍道 住所

山形県西村山郡西川町

朝日軍道 種類

廃道

朝日軍道 画像

朝日軍道
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朝日軍道 写真・ブログ・リポート

朝日軍道
http://www18.ocn.ne.jp/~ej007/sub09.html
約四百年前、戦国の世に朝日連峰に開削された軍道が有ることは知っていたが、踏破 記録は少なく、 山麓に住む者として草岡から 岩越峰(八久和峠の峰) ●早坂(猿倉山 付近) ほふく前進を強いられ廃道に近い、特に中沢峰から 先の鞍部へは崩れで道が
ようこそ鵬翔山岳会 東京へ: 朝日軍道について
http://hsktokyo.de-blog.jp/hsk/2008/06/post_f5e0.html
2008年6月3日 八十里越も一応の区切り(自己満足に過ぎないが)が付いたことから、朝日軍道を次の テーマとして掲げてみた。 朝日軍 . しかしこの軍道も、東国(出羽)が最上義光により 平定され軍事的緊張が薄らぐと、その必要性もなくなり、廃道となった。
2009.9.9 御影森山から長井葉山(山形・朝日連峰)
http://yama-sone.at.webry.info/200909/article_4.html
さて小生の今年の登山テーマ『直江兼続が開削した朝日軍道を歩く』(但し登山道のある区間)は、過去からのつなぎ登山ながらも御影森山から長井葉山の区間が残さ 中沢峰から御影森山区間が完全に廃道状態となっていて夏場に歩くのは無理な状況であった。
2009.6.20 長井葉山(山形・朝日連峰)
http://yama-sone.at.webry.info/200906/article_8.html
これで私の朝日軍道の未踏区間(登山道あり区間)は長井葉山~御影森山のみとなったが、中沢峰から御影森山間の刈払いが近年一切なされておらず、ほぼ廃道状態らしい。薮慣れていない方だと道を外す酷さとも言われている。現在の「天地人」ブームで朝日軍道
歴史の山みち 朝日軍道について
http://www14.plala.or.jp/qqqqqq/history.html
歴史の山みち 朝日軍道について - 併 山岳信仰と修験道 - 大江山岳会 顧問 鈴木博 はじめに 今の朝日連峰縦走路を歩いてみて、その雄大さに心を打つが、この山塊 にまつわる勇壮な戦国の歴史を秘めている事実を知る。 参考文献 ○山形県総合学術 調査会刊
朝日連峰・以東岳に登る(2日目): しゃくなげ色のブログ
http://sekinan.air-nifty.com/blog/2012/09/post-2a10.html
2012年9月19日 こうして庄内地方と連絡する「朝日軍道」はもう必要がなくなってしまったのです。 159 そしてこの後、あっという間に廃道になってしまいました。 160_2 古(いにしえ)に思いを 馳せているうちに以東岳に到着です。ここで朝食にしました。 遠くに光
大鳥池ルート・・昔は下り7時間,今は登り3時間ルート
http://mizube.gnk.cc/291asahirennpou2.html
昔大鳥池から下山した折はその沢沿い上部の山腹を巻く登山道で,今は廃道化されていた。 主尾根も今は廃道,藪に被われている所が多く,所々に朝日軍道当時の面影は残されている。 その思いを込め鶴岡から路線ハ゛ス,繁岡からは 会員